前回の続きです。
理由その2
「ダウン症をもつ人が普通」という2番目の理由は、染色体所見からも言えそうです。ダウン症は、染色体21番長腕遠位部にある「ダウン症候群関連の遺伝子群(DSCR)」が過剰になった「21トリソミー」が原因です。しかし、異常の部分だけにこだわらず染色体全体を見れば、染色体異常部位といってもほんの一部にすぎず、それ以外はすべて正常、彼らもお父さんとお母さんから、一般の子と同じように1本づつ染色体を受け継いでいるわけです。それに、過剰部位ですら片親からに受け継いだものですから、親と全く違うものがあるわけではありません。だからダウン症の人も普通とほとんど変わりはないのです。そしてその影響も、異質なのではなく量的な相違から生じたものがほとんどなのです。
以前、成人のご本人から「ダウン症の原因は何ですか」と訊かれ、「いちばん小さい21番染色体をお父さんかお母さんから1本よくばってもらったのよ」と答えたことがあります(それを聞いたお母さんが微笑んで「愛情だって、よくばってるじゃない」と言われていましたが)。

理由その3
 ダウン症の人たちは、外見からそれとわかりやすいため過小評価されやすいように思います(逆に、外見から障害がわかりにくい場合は別の・・・もっと大きい?問題がありますが)。たとえば、こんなことは出来ないだろう、理解していないだろうなど、頭から決めつけられていることはないですか。また、何でもダウン症によるマイナス面と思いこまれていることはないでしょうか。それが二次的、三次的な障害をきたし、家庭や社会での生きにくさにつながっていくことにもなります。
  ハンディキャップをもった人達の水泳指導をしているスポーツ科学の専門家は、国体やオリンピック選手の指導もしていて、次のように語っておられます「どちらも指導は基本的に同じ。個性や特性をわかって適切な指導をすればいいのだから」と・・・。
しかし偏見なしに理解するのは容易ではありません。固定観念で、「かわいい」「かわいそう」「天使のよう」「こんなことができるのか」など決めつけていることはないでしょうか。
 日本でも活動がある「ピープルファースト運動」の発祥地アメリカでは「遅れを招く環境を防ぐこと」が活動目標の一つになっています。
ここで遅れを招く環境として次の例をあげてみます・・・ なお、< > 内は私の思ったことです。
   福祉作業所のバザーに行こうとバスに乗っていたら、途中で年配の女性がダウン症の若い女性と乗ってこられ、こう言われました「この子、○○の停留所で降ろしてください。私は仕事に行くので途中で降りないとならないから」。 <この子? 大人じゃない!?> そこはバザー会場に最も近い停留所の名前でした。○○停留所に着くと、ダウン症の女性は一人でブザーを押して降りようとされていました。<何だ一人でできるじゃない> 同じところに行くと思ったので訊いたら、その通りで、おまけに、「ここは私の実家の近くなんです」と言われます。彼女は話好きそうで、今グループホームに住んでいること、そこから職場にバスで通っていること、グループホームは女性しかいないけれど、新たに男性のも造られていることなど語ってくれました。「ボーイフレンドいるの?」と訊いたら、その答えは「いるけど頼りないんです」。ああ、こんなしっかりした若者も「何もできない障害者」として見られているのだなあ、こういう光景は珍しくない、どんな善意の行動でも気づいていない偏見があれば、差別につながることを改めて痛感しました。
< でも、偏見あることが悪いというのではありません。偏見は誰にでもあり、それに気づかないと乗り越えられないと言いたいのです >
 遅れを招く環境は、障害をもつ彼らを生きにくくします。それを防ぐためには私たちが意識改革をしていくことが必要です。つまり、ダウン症をはじめ、障害をもった人達は「私たちと同じ人間であること」をしっかり心に留めることが第一歩なのではないでしょうか。

理由その4
  さらに、思春期における変化を考えたいと思います。ダウン症の人達も同じように、思春期という大人の入り口には心身にさまざまな変化がみられますが、時に精神面の問題がみられることがあります。それは、意欲の低下が起って自分の世界へに閉じこもり、ひとりごとだけ言い続けるような状態が多いのですが、逆に、家で暴れることもあります。このような状態に陥った人を今まで何人も知っていますが、そのような時は、まず医療面から考えるべきと思います。なぜなら、何かの病気が原因として考えられたならば、早急な治療が必要になるからです。病気として考えられるのは、甲状腺機能の低下、思春期うつ病の発症、脳の損傷(小さな脳出血や脳梗塞、脳腫瘍など)、頭部外傷からの脳損傷、何らかの神経疾患や精神疾患の合併などでしょう。
甲状腺機能低下は一般より多くみられますが、治療が可能です。
脳の損傷はまれですが、MRI検査で診断は容易です。
うつ病は、一般の人で一生涯にかかる率は5%くらいと言われていますから、ダウン症の人でもそのくらいはあるでしょう。また、彼らは人の心をよく読み、心優しく、人間関係に敏感ですから、一緒にいる人からの無理解は大きなストレスとなり、うつ病になりやすいかもしれませんし、自力で回復するのはまず無理でしょう。うつ病は薬で治療できるのにもかかわらず、ダウン症特有の退行現象と言われ、放置されていることが少なくありません。治療が可能なのに ・・・ これはとても残念なことです。

 そして、病気として診断されない時に初めて、、心の発達のつまずきではないか、それにより家庭や社会への適応を欠き、対処不能となっているのではないかと考えます。おそらくこれが一番多い原因かもしれません。

ダウン症の人達のうち思春期に精神的につまずきやすいのは、おそらく、とても素直で、頑張りやさんで、親の期待通りに育ち、何でもよくできて自立が順調とみられていた人のように思います。しかし、そのような人達は自我があまり育っていなかったのかもしれません。しかし思春期は自我が大きく発達する時期ですが、その出し方を経験から学んでいなかったとしたら・・・心優しいダウン症の人達は自己主張によって親を傷つけるのではないかと悩み、自ら引きこもってしまうのかもしれません。また、今までが温室のような環境だった場合、新しい環境に馴染みにくいとしても当然でしょう。ダウン症の人達はファンタジー豊かですから、つらい現実より空想の世界が安住の地になってしまうおそれがあります。そして、今まで大人につらいことをうち明けた経験がなければ、家族に言い出すこともできず、一人で苦悶し精神的に疲れはててしまうでしょう。
逆に、家庭や外の社会で豊かな生活体験を積んでいて、ほかの人の話を聴き自分の意見も率直に表現できるコミュニケーション力が育っている場合は、問題が大きくなりにくいようです。しかし思春期のつまずきは、ダウン症に特有と言ってよいのでしょうか。また、一般の思春期の若者とどこが違うのでしょうか。このような状態が重度化するのは、誰にでもある大人への成長過程のなかで、思春期の壁が大きすぎたり、どう乗り越えたらいいかわからないため、足がすくみ、現実の困難を避け空想の世界に入り込み、現実の世界に戻れなくなって精神に不調をきたしたためではないかと思われます。大人に向かう途上で、心がうまく成長し複雑化できなくなっているのを、目に見える現象だけ取り上げて退行という言葉を用いることには抵抗を感じています。
なお、このような状態に対して、医療者は退行という言葉を使ってはならないと思います。そのことについて、次回お話したいと思います。

ダウン症外来 その10