ご存知の方もいらっしゃると思いますが、今年から私は日本ダウン症協会に医療対応のための理事として入りました。最初の仕事は成人期についての勉強会と成人期対応セミナーでしたが、成人期対応セミナーでは薬について要望が多いのでと言われ、今年は薬による治療の基本をお話しました。薬の使い方はぜひ知っていていただきたいので、今回はそれをとりあげます。

 薬は本来、「本人のつらさ」を軽減するために使うものです。それは、現在のつらさの治療が主なのですが、将来つらくならないためにも必要です。ダウン症の人達は我慢強く、プライドも高いので、つらさを訴えないことが多く、周りの人達が感づいてあげなくてはなりません。
治療薬の使用とその選択は非常に重要です。治療効果を得るためには、正確で詳しい状態の把握が必要となります。ですから薬を使う前には、医師による正しい診断と状態の把握がなされなければなりません。
体の病気の治療で薬を使うのは常識になっていますが、精神疾患(障害)ではまだ抵抗が大きいようです。しかし、精神が病んでいると考えられる場合も、脳の神経伝達物質が正常に機能していないなどといった生物学的な原因があることが多いので、体の治療と同じことなのです。脳は超複雑系ですが体の一部でもあるのです。気のせいなどと簡単に考えて放置すると手遅れになることもあります。
しかし、精神疾患は他の身体疾患と異なる面もあります。 人は皆、独自の経験や脆弱性を一通りもっており、それらが組み合わさって精神疾患になりやすくなったり、あるいはなりにくくなったりします。こうした要因の一部は環境、一部は遺伝ですが、大部分はこれら2つの複雑な相互作用によるものです。ですから薬と共に精神心理療法、生活環境改善が必要になるのです。 (もっと知りたい方は、 ティモシー・E.ウィレンズ 著 「わかりやすい子どもの精神科薬物療法ガイドブック」星和書店をお読みください。これは親ごさんを対象とした、とても詳しくわかりやすい本です)
ダウン症をもつ人達も、他の人と同様、遺伝子のほとんどすべては両親から受け継いだものですから、遺伝の影響は21番染色体の過剰つまり「ダウン症」による以上に大きいのです。
ただし、精神症状があっても、甲状腺機能低下(ダウン症では一般より多い)などの身体疾患が原因のこともありますから、常に身体疾患を念頭におく必要があります。また、痙攣発作がなくても脳波に異常があることもあります。稀ですが、脳腫瘍や脳梗塞などが潜んでいることもありますし、周囲の人の知らないところで転んだりして脳損傷をきたしていることもあります(これは一般の人でも気づかれないでいることもあります)。
逆に、ダウン症の人に時々みられることですが、一見重度の痙攣にみえても脳波の異常と一致せず、精神発作と考えたほうがよいものもあります(これは薬を減らし、本人の自主性を尊重し適切な対応をすることで改善していきます)。 
薬による治療には、緊急の治療とそれ以外の治療を分けて考える必要があります。緊急で重大な問題がみられた時は、即座に医師が状態を調べ、すぐに即効性の薬で治療しなければなりません。緊急性がない状態であれば、本人・家族と医師、および関連専門職がじっくり治療方針を練ってから治療に入ることが必要です。人は皆それぞれ異なる遺伝と環境による背景をもっているため、治療に対する反応はそれぞれ異なります。それはダウン症でも同じです。そのため治療やケアに関するあらゆる決断は、数多くの関連要因を徹底的に吟味し、他に考えられるあらゆる解決策を慎重に検討した上での結論でなければなりません。そして親ごさんには、わが子の治療に関して医師に満足の行くまで説明を求める「絶対的な権利」があります。家族、特に親ごさんが医師におまかせでは良い医療はできません。それはもちろん養育上の責任であるだけでなく、今までの養育が原因と自責することから守り、親としての自信を取り戻す好機にもなるでしょう。
親ごさんは、お子さんの様子を観察できる立場なので、チーム医療の一員として最も重要な役割を担っているのです。どのような医療を受けるのか、どのような薬を使って、どのような効果を期待するのか、どのような副作用があるのかを詳しく医師から聞き出し、子どもの様子をよく観て効果があるかどうかの情報を医師に伝えてください。もし効果がなかったり副作用があれば薬の変更を考える必要があります。また、知られていない副作用を見つけることも、親ごさんだからできるのです。
また、ご本人には薬を飲む意味をきちんと説明することが必要です。治療されているのは誰でしょう。自分の飲んでいる薬をきちんと知っている小学1年生のダウン症の子もいます。わかるはずがないと思われているとすれば、それは大人の思いこみかもしれません。
薬というのは、脳も含め体の他の部位にも作用することがありますから、副作用が出現しても不思議ではありません。そのため、短期・長期の副作用が生じていないか、様子を密に監視し、何か異変があれば、どんな小さなことでも医療者と話し合う必要があります。出現する副作用は、人によって(遺伝子の相違から)、また、その時の身体的状況や周囲の環境によって異なります。
ダウン症の人は薬が効きすぎることがありますので、要注意です。そのため、麻酔薬の量や、(白血病などの)抗腫瘍薬の量を一般より少なめにすることは知られていますが、特定の抗生剤で白血球が極度に減少した例もあります。すべての薬剤(サプリなども含め)で慎重な使用が必要です。
医療で処方されるのは主に西洋医薬です。西洋医薬は目標が明確で即効性があることが特徴で、治療効果は抜群です。ただ症状のすべてが改善されないと不全感が残り、医療不信を引き起こすことがありますし、副作用も明示されているのでかえって不安をもつ人も少なくありません。しかし、漢方薬やサプリ、アロマテラピーでも副作用はあります。漢方薬やハーブ類の適応症状と副作用はかなり研究され知られていますから、専門の医療者を通して使用するほうがいいでしょう(米国では、ハーブの副作用や西洋医薬との相互作用に関する専門書も出されています)。
特に麻酔の前には、危険防止のため、服用しているすべての薬を医師に伝え、ハーブやサプリを使っているときは全面中止しなければなりません。
サプリは非常に種類が多く、何ら規制を受けていないために玉石混淆、なかには薬にならず毒だけというものまであります。作用がはっきりせず、副作用や他の薬との相互作用が不明なものも沢山あります。そのため、使用目的と効果が明確なものに限るほうが安全です(となると安全といえるのはビタミンB群、葉酸、ビタミンCくらいだけかも…)。また、西洋医薬、漢方薬、ハーブは長期使用の副作用が知られていますが、サプリではほとんどわかっていません。、

「薬とは補助的なものでしかない」という原則も忘れてはなりません。一番大切なものは日常生活です。生活の重要性を忘れ薬に頼ってしまうと、発達を遅らせ社会参加もできなくなるといった弊害が出てしまいます(これは療育・教育にも言えましょう)。

健康食品に至っては功罪がほとんどわかっていません。最近の週刊誌(読売ウィークリー)に、C型肝炎がある場合、ウコンなど鉄を多く含んだ食品で肝障害を起こすという記事が出ていました。
ダウン症ではC型肝炎のウィルスを持っている人もいますし、軽い肝機能障害がある人も多いので要注意です。
骨を強くしようとカルシウムを過剰摂取し腎障害をきたした例もあります。人間は超複雑系ですので作用も単純ではありません。サプリも含め薬は全て化学物質で、それぞれ、消化分解・吸収・代謝・排泄の複雑な経路があります。知られていないものも沢山あります。細胞に含まれる物質でも、そこに到達して利用されなければ服用しても無駄になります。単純に効果を期待するのは危険です。医師でも大学教授でも「薬理学」をきちんと学んでいるとは限りません。さらにもし健康食品やサプリが高額であれば怪しいと思うのが常識です。藁をもつかみたい親達は詐欺的商法の最高のカモなのです。
なお、発達を促す薬(サプリも含めて)は現在全く存在しえないことも知る必要があります。最近も、国際学会で米国の発達小児科医が「発達を促す目的で米国で承認されている薬はない」と明言していました。発達を促すのは日常生活での当たり前の経験が一番で、当然時間がかかることなのです。

ダウン症外来 その12