前回は薬の話になりましたが、薬は本来病気の時に使うものですから、病気でなければ当然効果はなく、場合によっては副作用だけ出てきます。最近それを痛切に感じる出来事がありました。首都圏で養護学校高等部に通っているダウン症の男の子の話です。お母さまからぜひ皆さんに伝えてくださいと言われていますが、個人情報なので少し改変してあります。
その子は学校で、一人の決まった先生に、よく掴みかかったりメガネを取ったりすることがあり、学校から「問題行動があるから精神科に行くように」と言われたそうです。精神科では事情を聞くこともなく、こだわりが問題だからと、デプロメールという薬が出されました。その薬を使っても効果がないというので量が増やされ、さらにデパケンという薬も処方されたとのことですが、お母さまは不安になられて、息子さんが幼いころに診たことのある私の外来に来られました。
 外来で彼は最初はおとなしかったのですが、だんだん慣れるとふざけだし、私のメガネを取ろうとするので、「メガネを取るのはいいことかな?」と訊くと、「悪いこと!」。ちゃんとわかっていました。じゃあ、「メガネを取りたくなったら、手を膝に置くといいよ」と教え、何度か練習してみると、自分で「ひざ、ね」と置いてくれます。大騒ぎしなくても、このような簡単な行動療法で十分解決可能ではないかと思いました。デパケンは本来、けいれんや気分障害の薬ですが、彼にはけいれん発作らしきものはなく、気分障害もなさそうなので、使わないで様子を見ることを勧めました。また、学校ではこだわりが自閉的だと、自閉症の子と同じように、何も言わずに行動だけ改善するようなやり方をしていると言われたので、彼は言葉でコミュニケートできるので、対応の時には必ず説明を入れていただくようお願いしました。
デプロメールの量を増やした頃から別の問題行動が出てきました。学校だけでなく、家でも行動が激しくなり親ごさんのメガネにも手をだしたり、自分のメガネを取って投げたり、窓からものを投げたりするようになりました。これはもしかして薬の副作用かもしれないと思い、ダウン症の人は薬が効きやすいことから量が多すぎるかもしれないので、担当医に相談することを勧めましたところ、量を戻してくださいましたが、薬の効果はみられないとのことでした。
 そうしているうちに、お母さまが病気で倒れられ入院されました。それまで彼の行動に怒ってばかりだったお父さまと、同居していても疎遠だったお兄さまが世話をされることになり、彼は(さすがダウン症です!)「お父さん大好き」「いっしょね」と寄っていったので、お父さまも可愛くなったようです。一緒に寝て、遊び、お兄さまと交代で学校に連れて行かれ、放課後の活動にも連れて行かれるなどして、問題行動も全くなくなったそうです。学校でも、お母さんに会いたいと言ってはいても、とても「いい子」で、しっかり学校生活を送っていたそうです。お母さまも病院でしっかり休むことができ、病気も治って退院できました。
 この話を聞いて、はっと気がついたのは“この子は精神疾患ではなかったのだ、病気ではないから薬が効かなかったのだ”ということです。こころの薬は、脳の病的な状態、特に神経伝達物質が正常に機能していない場合に働くものですから、正常に機能していれば効果がなくて当然なのです。
 それから、「お母さまが頑張れば頑張るほど家庭内の緊張関係は高まり、子どもは親への依存が進み、不安も増すのではないか」ということです。特に思春期やそれ以降、誰でも頑張る立派な親に太刀打ちできないと劣等感を抱き、親の庇護の下だけにいて自分の道を見いだせないと、心が荒れてしまうことはよくあります。思春期とは、親の限界が見えてくる時期だとも言われます。障害をもつ子は親を超えにくく、親離れもしにくいでしょう。それが大人に成長することを妨げますが、障害をもつ子だけでなく、子離れできない親をもち、自分からは親離れできない子は潰れやすく、自信がつかず、問題行動や引きこもりなどをきたしやすいともいわれます。親の弱みを知ることも子どもにとって大事なことかもしれません。病気になって倒れることはお勧めできませんが、疲れた時は頑張らず、堂々と休みましょう。それはご自身だけでなく家族全員の自立のためにも必要かもしれません。
 ダウン症の合併症と薬についてまず精神疾患から入りましたが、身体疾患の合併症と薬の作用でも、ダウン症以外でみられる一般的なものとダウン症の特性と言えるものとがあります(ただし精神疾患も脳という身体の一部から発するものですが、症状の特殊性から身体疾患と分けられています)。ただし、なんらかの病気がみられた時、それがダウン症に関係があるのかそれともダウン症と関係のない偶然の合併かということも考える必要があります。たとえば、赤ちゃんで外に出るとまぶしがると言ってこられた親ごさんがいて、かかりつけの眼科医では問題ないはずと言われていましたが、(「親ごさんの訴えを根拠がない限りきちんと調べなければならない」という小児科医の鉄則があります)小児眼科の専門医師に紹介したところ、何と緑内障でした。これは赤ちゃんでも稀ながらみられる病気ですが、ダウン症でも非常に稀で、偶然の合併と考えていいようです。一般にも多い、花粉症やアトピー性皮膚炎はダウン症の子でもよくみられますが、逆に、川崎病、脳性麻痺、アレルギーによる真性の喘息などは一般よりずっと少ないようです(よくある喘息性気管支炎は本当の喘息とは違います)。
 ダウン症が関係すると考えられる病気(合併症)は多種多様ですが、そのなかでダウン症の人だけにみられる特殊な病気はほとんどありません。ただ、細かくみると他の人達の症状や状態と少し異なっていることはあります。それは他の人達のより重いということでもなく治りにくいということではありません。 逆に軽かったり治りやすかったりすることもあります。合併症は人によって差も大きく、ほとんどないという人も、複数の合併症をもっている人もいます。合併症はほとんどが治療可能ですから、放っておいてはなりません。

 合併症は、診断や治療の必要性から、頻度が高く生命または生活に支障をきたすもの、頻度は低いけれど生命や生活に支障をきたすもの、頻度は高いけれど問題は少ないもの、頻度は低く問題も少ないものに大きく分けられます。ただし問題の大きさは病名ですっきり分けられるというものではなく、同じ病名であっても程度によって変わってくることがあります。
 よくある合併症は知っておくことで生命や生活への支障を防ぐことができますが、あまり知られていない合併症や、先に述べた偶然の合併もありますから、かかりつけ医を決めて普段から状態を知ってもらい定期検診を受けること、何かおかしいと感じた時すぐにかかりつけ医に相談することが健康や生命を守ります。
 合併症のなかには薬に対する反応も含まれます。ダウン症の人は薬や麻酔が効きやすいという特性がありますから注意が必要です。ある種の抗生剤を使うと白血球が減ってしまう人がいます。このような状態はあまりみられないことですが、診療する全ての医師と親ごさん、それにご本人も知っていて、この薬を使わないよう厳重な注意が必要となります。

 頻度が高い合併症で生命や生活に支障をきたすもののうち、生命にかかわり、適切な治療が絶対に必要なのは、先天性心疾患、食道閉鎖・十二指腸閉鎖・鎖肛などの消化器疾患、気管支炎や肺炎、甲状腺機能障害などです。
 頻度は高いけれど生命には影響ない、でも治療しないと生活に支障をきたしうる合併症として、脱毛症、皮膚疾患、近視・乱視などの視力障害、中耳炎、鼻炎、扁桃腺肥大(年齢相応の大きさでも気道が狭く筋肉が少ないため影響が大きくなります)、歯周囲炎、便秘、異常な姿勢や外反足、肥満などがあげられます。
 頻度はさほど高くない、またはかなり少ないけれど、適切な治療がなされないとならないのは、貧血、白血病、水頭症、もやもや病様脳血管変化、高度難聴、重度の白内障(軽い場合は様子をみますが)、頸椎(亜)脱臼、喉頭軟化症、消化器潰瘍、臍ヘルニア、悪性腫瘍(ダウン症の人にみられる悪性腫瘍の種類は少ないようですが)など。脱水が続いて筋肉が融解した例もあります。
 頻度は高いけれど問題は少ないものに、血中尿酸高値、ウィルス感染後の血小板減少、肝機能軽度異常などがありますが、経過をみて、もし悪化したら速やかに治療がなされなければなりません。
 これら合併症で知っていただきたいポイントについて、次の号から少し詳しく解説していきます。


ダウン症外来 その13