今回から、合併症・併発症について少しくわしく書いていきます。実際の診断や治療はそれぞれの専門家におまかせして、ここでは、基本的なこと、それも皆様がおそらくあまりお聞きになっていないと思われることをお話したいと思います。なお、合併症と併発症とは同じ意味に使われていることが多いのですが、元の疾患や状態と関係なくおこる病気を併発症として分けていることもあります。

 

まず、赤ちゃんの時に診断される病気からお話します。

ダウン症をもった赤ちゃんの多くは弱々しく頼りなげで、親ごさん達は生きていかれるのかと心配になられたことでしょう。また、診断名を聞いて驚き大きな不安にかられたのではないでしょうか。また、重篤な合併症をもっていたならば、まずはダウン症よりもそちらのほうがずっとショックだったという方もおられることでしょう。

生まれてすぐに気づかれる合併症のうち、食道や腸、肛門などの消化管が通じていない状態(食道閉鎖、腸閉鎖、鎖肛)や、重い心臓の病気(先天性心疾患)、または、まれですが水頭症や新生児白血病のように、放っておくと生命にかかわる場合は緊急医療を要します。新生児スクリーニング検査でときに見つかる甲状腺機能低下は放っておくと重度知能障害や活動性の低下のほか、さまざまな身体症状をきたすためすぐに治療がなされます。ただしスクリーニング検査で見逃されることが絶対ないとは限りませんから、ダウン症の赤ちゃんで動きが非常に少ないときは甲状腺ホルモンの精密検査をしたほうがいいでしょう。眼の合併症をもつ子も少なくありませんが、赤ちゃんで重度の白内障がみられたときは、放っておくと重度の視力障害をきたしますから、緊急まではいかなくても早く手術する必要があります。

このような合併症は、生まれてすぐダウン症の診断をされたことで親ごさんが大きなショックを受けておられたら二重の重荷になるでしょう。この子は生きていけるのかと、ますます不安になられたり、こんな小さな子に手術なんてかわいそうと思われるかもしれません。なかには治療はしないでそのままでと思われる方がおられても不思議ではありません。こんな時に冷静になって考えることはとても難しいでしょう。でも、ショック状態で気持ちが揺らいでいる時に行った判断は適切でないことがあります。まわりから、治療はやめて自然のなりゆきにまかせたらと無責任な助言がなされるかもしれませんし、治療は苦しいだろうからかわいそう、静かに過ごさせてあげたらと言われるかもしれません。

しかし、病気で苦しんでいるのは誰なのでしょう。親ごさんは心の重荷でとても苦しいでしょうが、赤ちゃんはものを言えないだけで、健康を害されていれば当然苦しいのです。それに親ごさんの苦しみは赤ちゃんの病気のせいなのですから、赤ちゃんの苦しみがとれれば改善するはずなのです。そこを見誤ってはなりません。治療をしても退院ができないような状態であれば考える必要がありますが、ダウン症の子の場合ほとんどが治療可能ですから、治療自体の苦しみは短期間にすぎません。それに赤ちゃんは寝ていることが多く、痛みや恐怖心も強くないので、大きい子や大人よりも治療の痛みや苦しみは少ないのです。本当は、「治療をしないほうがずっとかわいそう」なのです。

かつて、ダウン症の子のお姉ちゃんが5歳くらいで目の手術をした後、いやがりが強かったので、お母さんが「♥ちゃん(妹)は心臓の手術をしたのだからもっと大変だったのに」を言われると、お姉ちゃんはこう言いました「♥ちゃんは小さいからわからなかったのよ。私はもうわかるからいやなの」。

普通、親はわが子の治療はしないで自然にまかせる、かわいそうだから手術はしないと決めたりはしないでしょう。ダウン症とわかったら突然治療をしない選択を考えるとすれば、それはきっとダウン症についてよくわかっておられず、とんでもない病気だと思いこんでおられるためではないでしょうか。

静岡のこども病院にいてとてもよかったことのひとつは、ダウン症があっても一般の子と何ら差別することなく当たり前のこととして、手術を含む全ての治療が自然になされていたことです。これはドクターの腕に自信があるからできることかもしれませんが、必要で結果も期待できる手術なのに、ダウン症だからといって、やるかどうか医師が親ごさんに訊くとしたら … それって変だと思いませんか。さらに、そう言われるとダウン症って大変な病気なんだという誤解も作られてしまうかもしれません。

先天性心疾患の診療は小児循環器科でなされ、必要ならば小児専門の心臓外科で手術が行われます。私がこども病院に勤めて、まず1990年代は(先天性心疾患は2歳までに手術しないと肺高血圧が進んで手術が不可能になるので、それを防ぐため)2歳になる手前くらいに手術がなされていました。その時期は当時としては早かったのです。でもその時よりも今のほうが手術の時期は早くなっています。それは手術の技術や管理のやり方が進歩したためでしょうが、赤ちゃんのうちに手術ができれば、肺の状態が悪くならないうちにやるので回復も早く、「え!もう退院したのと」驚くほどで、とてもうれしいことです。以前、他の地域で心臓手術をしなかったお子さんの親ごさんが、やっと海に行くことができたと喜んでおられたという話を聞いた時、もし手術がされていれば元気に海で泳げただろうにと思いました。もしかすると潜って遊ぶこともできたかもしれません。

最近は、手術でなくコイルを使って閉じる場合もあり、その技術も向上し安定してきました。

ただし、どの手術も早ければいいというものではありません。年齢が高くなっても大丈夫という状態だったので中学卒業の頃まで待って、自分の血液による輸血ができた人もいます。

今は、ダウン症とわかるとすぐに小児循環器科医を紹介されるため、診断が遅れることは減ってきましたが、医師の診断が遅れたり専門医に紹介されていなかったりすることもないとは言えません。私の経験では、運良く在宅酸素を使うことで滑り込みセーフだったこともありましたが、残念ながらすでに肺高血圧症が進んでしまい、手術するとかえって危険な状態ということもありました。まれですが、手術をしても完全に治らないで徐々に悪化することもあります。そういう人は運動の制限を受けたり、寿命に影響したりしますが、すぐにどうなるというものではないので、小児循環器科と密な連携のもとに必要な治療をしながら、病気だからだめと思いこまないで、無理なく、人生を豊かに人間らしく生活していくための工夫をしていきたいものです。実際、大人になってもずっと仕事を楽しみ生活を楽しんでおられる方や、他の人達よりは少し短いけれど人生を満喫された方もおられます。

消化管の病気は小児専門の腹部外科で診断と治療がなされますが、最初から外科に行くことは救急でもないかぎりあまりなく、ほとんどは小児科からの紹介です。消化管が完全に閉鎖している状態であれば発見されやすく、すぐに治療に入れます。しかし、狭窄で一見問題なさそうな場合や、ちょっと吐く程度ですと見落とされることもあります。 長く便秘が続いていたのに、ダウン症に便秘はつきものと、生後半年くらいまで肛門狭窄に気づかれていなかった方や、大人になってから十二指腸狭窄が見つかった方もおられます。また食道の狭窄はなくても、機能的に狭くなっている食道アカラシアかなと言われた方もおられます。ダウン症では、症状がなかったり軽そうにみえても、必ず「消化管に何かあるかもしれない」と思って調べるほうが無難でしょう。

生まれてすぐ水頭症がみつかったお子さんを二人知っています。これはダウン症の合併症なのか、早産のため未熟性が原因なのか、それとも偶然の合併(併発)なのかよくわかりません。水頭症があれば脳外科で手術(シャント手術)がなされます。手術によって危機を脱し、お二人ともすくすく育っておられます。

手術の後、退院まで長引きそうなときは、理学療法(PT)を受けたほうが筋肉や運動機能を落とさなくてすみます。さらに手術の前からしたほうが効果が上がるように思います。入院中毎日、赤ちゃん体操をしている病院もあるそうです。治療は生活を向上させるために行うことを忘れてはなりません。

 

眼の病気は、生命にはあまり影響しなくても、感覚器として生活にはとても大事です。ダウン症では白内障が多いのですが、白内障が両眼全体に広がっている場合は、放っておくと視力の発達を阻害しますし、手術が遅れると弱視になってしまいます。子どもの眼に詳しい眼科で必ず診てもらいましょう。

耳は、聴力のスクリーニング検査が赤ちゃんで行われるようになりましたが、ダウン症の赤ちゃんは聴覚の発達の遅れもあり、検査ではまずわかりません。聞こえているかどうか心配になるかもしれませんが、ダウン症の赤ちゃんは少し聞こえにくいのが普通なので、はっきりした大きめの声で、顔の表情や身体の動作も入れて話しかけると、そのうちに赤ちゃんもわかって喜んでくれるようになってきます。

ダウン症外来 その14