今回も併発症についてお話しましょう。 昨年から日本ダウン症協会の有職理事になったので、いろいろな地域のお母様方と話す機会が増えてきましたが、意外に併発症についてご存知ないのにちょっと驚いています。子どもの命を守り、生活に弊害を及ぼす併発症を見つけて的確な治療を行うためには、基本的なことをきちんと知っておく必要があります。知らないことは、大きな不安につながりますし、そのため治療が遅れたり、適切でない治療なのに諦めたり、治療を拒否したり、怪しげな民間療法に取り込まれたり・・・また、医療での不満・不信の多くは「すべてお任せ」の結果でもあります。知らないことは恐ろしいこと、「知らないと子どもの健康は守れない」のです。
最近、いろいろな方からの医療相談を受けますが、ご本人を診ないで診断したり治療方針を言うのは医師として無責任ですから一般的なことしか言えません。ダウン症だから同じだろうと思われるかもしれませんが、一人ひとりは状態も状況も違います。ですからお子さんを診療している医師に何でも訊くことが必要なのです(質問は、前もってメモに書いてと助言はしていますが)。医師は、専門的知識と患者さんの状態から質問にきちんと答えられるはずです(質問の意味が通じていなかったり納得いかなければ、何度も訊ねるべきです。メモにしてあれば後からでも回答してもらえます)。もし専門が違うので答えられない場合は、適切な専門医師を紹介しなくてはなりません。それをしてくれない医師なら替えたほうがいいでしょう。
ただし、そのときの患者さんや親ごさんの質問があまりにも初歩的ですと、基礎から話をしなければなりません。まだ生まれてまもない赤ちゃんなら親ごさんが知らなくて当然ですが、医師は皆超多忙なので、いつまでも親ごさんに最初から詳しく説明する時間や、誤った知識をいちいち訂正する時間的余裕はないでしょう。それに、よく知っていないと医師の答えを的確に受けとれないため誤解も生じやすくなるおそれがあります。
それぞれの併発症についても詳しく知ったり、わからないことを質問するのはとても大事なことです。それを、あわただしい診療の場でなく、医師を親の会などに招いて勉強会をするとかしてはいかがでしょう。時間もゆっくりとれますし、お互いの理解にもなるのではないかと思います。
ダウン症に併発する病気のなかで、親ごさんたちがかなり心配されるものに、白血病があります。これは血液のガンなので不安も特に大きいのは当然でしょう。白血病で亡くなった方の話もよく聞きますが、私自身の知っている、静岡こども病院の血液腫瘍科で診療された多くの方はほとんどが治って元気に生活しています。実際、ダウン症に併発する白血病のほとんどは治りやすいはずなので、はたして亡くなった直接の原因は本当に白血病だったのか、という疑問が湧いてきます。白血病に罹って亡くなると、白血病はがんの一種だから死因は白血病に違いないと思われるかもしれません。しかし、それは調べて確かめた結果なのでしょうか。例えば、白血病は治療中に感染に弱くなることがありますが、肺炎など感染症に罹っていなかったでしょうか。また、ダウン症の人は薬が効きすぎることがよくあります。ステロイドの治療中に、家族性の糖尿病をきたし、糖尿病の治療に手間取り昏睡で亡くなった方もいます。はたして治療は適切だったのか、例えば薬の量が多すぎなかったか、過剰診療がなされていなかったか、また、ダウン症だからとすぐに諦められていなかったでしょうか。それには医師の専門的知識や技術や治療への意欲が大いに関係しているのではないかと思われます。
ダウン症の赤ちゃんには、白血球が急に増えてくる類白血病様反応(TAM)という状態がみられることがあります。これは白血病にそっくりですが、放っておけば消えていきます。ただし、このTAMを経験したお子さんは、2〜3歳くらいに本物の白血病になることがありますので、定期的に血液検査をすることが必要です。ただ、TAMの後でおこった白血病は進行がそれほど早くなく、治りがよいのが特徴です。なお、非常に稀ですが、赤ちゃんで本物の白血病が出ることがあります(新生児白血病)。そのときには早期からしっかり治療をする必要があります。ただしこの場合はかなり治りにくいようです。
そのほかの生命にかかわる併発症として知らなくてはならないのに頸椎の脱臼があります。ダウン症があると関節がゆるくなりますが、その程度や部位はいろいろです。特に首の骨の関節がゆるい人で、第一と第二頸椎の関節の支えがゆるみ、第一頸椎が(特に首を前に曲げたりねじったりしたときに)前方にすべり出して脊髄神経を圧迫することがあります。そうなると手足に麻痺がきますし、圧迫する神経がもっと上部におよびますと呼吸ができなくなってしまいます。ここまでなるダウン症の人は1割くらいですが、重大な障害をきたすため、全員にチェックが欠かせません。この頸椎脱臼になりやすい状態(亜脱臼)かどうかを知るためには首のレントゲン写真を撮るのが一番簡単です。これは首を三つの位置で(まっすぐと、前と後ろに曲げたのと:機能写といいます)撮影します。そこで第一頸椎が第二頸椎より5mm以上離れていたら亜脱臼を考えます。特に前曲げ(前屈)で第一頸椎が他の位置より動いているかどうかが大事です(撮影時、おもちゃなどを持たせると上手く撮れるとベテランの放射線技師が言ってました)。亜脱臼があったら、でんぐりかえしや頭からの飛び込みはやってはなりません。脱臼の危険があるからです。首を大きく動かす運動も危険です。しかしあまり恐がって運動をさせないのもよくありません。適当に使わなければ、骨も筋肉も発達しませんし、姿勢も悪くなるので、よけい脱臼しやすくもなります。昔は運動をさせないことも多かったので、転んだだけで呼吸が止まった子もいましたが、最近はほとんど見かけなくなりました。亜脱臼の段階では、首の筋肉で自然なコルセットにすることも必要です。そのため、親ごさんとおでこを合わせて、軽く押し合うのも、首の筋肉を動かさないで使いますから、そんな遊びを取り入れるのもいいでしょう。
亜脱臼の程度が大きかったり、脱臼していたら、手術で固定することが必要となります。手術は昔は大変で成功しにくかったのですが、今は技術が非常に進歩しています。また、手術の後は運動できなくなってしまうと思われるかもしれませんが、首に影響ない運動は大丈夫できます。手術後3年して、障害者国体に背泳の選手として、市の代表となった人もいます。
最初に撮影する年齢はだいたい2歳半くらいで、それ以前は頸椎がまだ軟骨から骨になっていない部分があるため(化骨:ダウン症の子は一般より化骨が遅く)わかりにくいのです。この時期は独り歩きが始まることが多いので、でんぐりかえしをする前にチェックできますが、もっと早く歩き始めたならば、早く調べたほうがいいでしょうし、また、歩いていなくても手や足に麻痺があったりした場合はすぐに検査します。乳幼児の場合、レントゲン写真では、頸椎の前の部分はまだ化骨していないので判断しにくいですが、後ろの骨の部分が第二頸椎以下の並びより前にずれていたら亜脱臼または脱臼を疑い、脊椎専門の整形外科に紹介する必要があります。
ただし麻痺は他の原因、つまり脳・神経の偶発的な異常(腫瘍、梗塞、出血、もやもや病様変化など)によると言えないことはないので、CTやMRIで脳を調べる必要があります。これはダウン症でなくても必要なことですが。
次回も、併発症とその対応についてお話していきます。いろいろな病気を紹介すると、こんなに病気になる可能性があるのか、ダウン症って厄介だと思う方もおられるかもしれません。でも、ここにあげた病気のすべてを一人がもっているわけではありませんし、ダウン症でない子ども達も罹る可能性があります。きょうだいのほうが罹った人もいます。人間生きていれば何がおこるかわかりません(現代は昔よりは安全性が高まっていますが)。 何があっても、あわてたりおろおろしないで対処ができる・・・というのが大人の流儀です。親は大人になるため努力する必要があります。そのためには、きちんと知ることがまず第一です。お子さんがもっているダウン症というものをしっかり把握することは、一番の安心材料になるのです。
ダウン症外来 その15