ダウン症外来 その19

今回はモザイク型についてお話したいと思います。皆様もお友達にそういう方がおられるかもしれませんが、通常のダウン症とどう違うのか、どうつきあっていったらいいのか、また、モザイク型と診断されたお子さんをどう育てていったらいいのかなどについて、広く知っていただくことをしていませんでした。また、モザイク型について詳しく書かれた本もほとんどないようです。

モザイク型のお子さんはときどき診ますし、ダウンの会にも参加されていることなどから、いちど書く必要を感じました。( 日本ダウン症協会の会報2月号にも出しましたが、簡単すぎて、読んだ方はわかりにくかったのではないかと思いますので、ここで少し詳しく書きます)

 

ダウン症という言葉は、ご存知のように、ダウン症候群の略語で、特徴や外見からの診断名で、原因は21番染色体の過剰です。21番染色体が1つ多いと21トリソミーと言われます。通常のダウン症(標準型21トリソミー)は、21トリソミーをもった細胞だけで体が作られているのですが、21トリソミー細胞と他の染色体構成をもつ細胞とが、体内でモザイクのように入り混じっているのを“モザイク型21トリソミー”と言います。21トリソミー以外の染色体で一番多いのは正常細胞ですが、他にも、たとえば、21番染色体が4つある21テトラソミーや、性染色体の数だけが違う(たとえば21トリソミー細胞とXXY細胞をもつ)などいろいろあります。

染色体検査には、ほとんどの場合、血液が使われます。検査でモザイクとわかったときの21トリソミー細胞の割合は人によって違いますが、血液以外に皮膚などを調べても違うことがあります。ですから、一人のなかで、心臓、腎臓など各臓器での割合が違っている可能性もあります( 全身を調べることはできないので正確なことは言えないのですが )。

ここでは、一番多い、正常細胞とのモザイク型21トリソミーについてお話します。

モザイク型21トリソミーと言って、モザイク型ダウン症と言わないのは理由があります。それは、なかにはダウン症の特徴がほとんど見られない人もいるからです。おそらく21トリソミー細胞の割合が非常に少ないためでしょう。それでも、21トリソミーがあるために、LDのように学業が少し苦手になるかもしれません(比較データは出しにくいので憶測でしかありませんが)。

21トリソミー以外の細胞が正常の場合、ダウン症の特徴は減り、発達障害も軽くなります。つまり、「普通の部分」が多くなるわけです。発達障害が軽くないこともありますが、その理由としては、脳細胞で21トリソミー細胞の割合が多いか、または、ほかの遺伝子の変化や環境要因が潜在していることが考えられます。モザイク型でも、ダウン症に多い併発症がみられることがありますが、それは正常細胞でなく21トリソミー細胞から生じたもののようです。

 

モザイク型の子の親ごさんは、標準型21トリソミーの子の親ごさんよりも、安心と不安の間で気持が大きく揺れることがあります。たとえば、ダウン症らしくない顔立ちですとダウン症じゃないからと安心されますが、たまにダウン症の影がよぎると不安になったり、また、他の子と同じはずと机の上の勉強だけを頑張らせ、差が見えると突然、ダウン症だから仕方ないと諦めたりといったことがよくあります。これは、親心として当然かもしれません。他人に知られるのを恐れて外にでられなくなる方すらいます。学校でも(特別支援教育が入ってくる前は特に)軽い発達障害とみてもらえず、こんなことができないのは怠けているからなどと思われ、適切な指導がされていないことも多くみられました。家庭でも、発達障害が軽いと、苦手な部分が見えず(または見たくないため)、きめ細かいかかわりが忘れられるおそれがあります。逆に、ダウン症と認めても、他のダウン症の子より勉強ができるからと、親も子もテングになって発達が阻害された例もあります。このような気持になると、問題にこだわって普通に育てることを忘れてしまうことすらあります。

また、ダウン症の子の親ごさんから、発達は普通じゃないのとか、発達が良くていいわねえなどと言われ、(ほめられているとはいえ) 仲間はずれにされているような感じがするという声もあります。

 ダウン症に限らず、私たちは、軽い症状の子ほど気をつけなくてはと思っています(もしかして、一番注意が必要なのは、病気や障害がなくても心がタフでない子かもしれません)。

 

いつも言うことですが、モザイクでないダウン症の人たちにも、「ダウン症の特徴」より多い「普通の部分」があります。正常細胞とのモザイクですと、ダウン症の影響は減り、普通の部分がより大きくなっています。しかし、両方の部分を見て、その子に適した対応が必要なのは、通常のダウン症のお子さんも同じです。もっとも完全な子ども(人間)などいませんから、これは子育てすべてに言えることでもあります。

 

お子さんがダウン症と診断されたとき、ほとんどの親ごさんから、軽いかどうかという質問を受けます。当然、軽いという返事を期待されているでしょうから、軽いと言われれば安心し、重いと言われると絶望感をいだかれるでしょう。私は、軽いか重いかという判断は( 幼い時に将来の予測は誰もできないのと同様 )ほとんど意味のないことで、むしろ害になることではないかと思っています。合併症が重くても治療すれば軽くなります。昔のダウン症は皆非常に重度と思われていました。知能検査も、ダウン症の人の苦手な面を検査するため、判定は年齢と共に重度化します。よくしゃべる子は発達が良いと思われますが、成人をみていると、話がよくできなくても、他の人の言うことを聞く力、理解する力、他人に相談する力、的確に応用する力などが育っている子のほうが、豊かな社会生活をおくっています。

 

発達が良くなったら育児が楽になるわけではないことも知る必要があります。ダウン症の部分には良いところも問題につながるところもあります。しかし、普通の人としての部分にも、良いところと問題につながるところがあるのです。人間は誰も完全ではありません。 発達障害が軽いほど(または療育で軽くなるほど)、つまり、普通の部分が多いほど、脳も体も複雑になりますので、親や周囲の人にとって「扱いにくく」なるかもしれません。つまり「普通の子の発達過程でみられる問題」が増えてくるというわけです。通常、子どもは、自分を中心に生きる行動から始まり、それから他の人や社会を知り、ぶつかって挫折を繰り返しながら、社会のなかで良く生きていくことを学んでいくものです。昔、ダウン症が全て重度だった時代は、言うことを聞く素直な天使と思われ、幼い頃は悪戯などしませんでした。今はワルガキが大勢いますね。発達がよくなると子どもらしくなりますから。

発達がよくなると社会との接触も増えます。それは自立生活に向かうという良いことがある一方、社会のさまざまな誘惑にさらされることにもなります。それから身を守るために、社会について多くのことを教わり、問題や不適切な情報が何かを察知し、良識をもって自分で判断する力が必要になるということを意味します(そのことは次号で書こうと思います)。

モザイク型の子は、普通の部分がより大きく、話も他の子と同じようにできたとしても、発達障害は多かれ少なかれありますから、理解や予測の力が弱いのです。そのため、さまざまな場面で、その子にあったかかわりを見いだし、ゆっくり丁寧に育てていくことが大切です。これは医療や保育・教育の専門家も知っていただきたいことですから、親ごさんは、隠したりせず、レッテル貼りにならないような説明ができるようにしていくことが、わが子の将来にとって必要と思います。

 将来、特に、普通か近い発達の場合、ご本人も自分の状態を知っていく必要もあります。ご本人に説明する時期は、思春期が過ぎて、客観的な理解ができるようになり、結婚や出産を考える頃が適切でしょう。遺伝相談も今よりは発達しているかもしれませんが、その反対かもしれませんし(将来のことは予測できませんから)、やはり最初は、親ごさんが説明してあげたほうがいいと思います。それまでに、どう説明したらいいかをよく考え、相談もして、学んでいていただきたいと思います