今日は、前回の「3つの特徴」の最初にあげた「筋緊張低下(低緊張)」についてご説明します。 筋緊張は、筋力が弱いことではなく、小脳の機能に関係しています。ダウン症の人は、筋緊張が低くても筋力は普通なのです。でも、筋肉の量は少な目ですし、筋が増えるのに時間がかかります。筋緊張が低いため筋肉は柔らかいのですが、問題になるのは関節の支持が弱いことなのです。ダウン症の子が体をかたくしていると、緊張はむしろ高いのではと言われることもありますが、これは低緊張を支えるために無駄な力が入っているためで、医学的な意味での筋緊張亢進とは違います。低緊張の改善には、適切な運動や正しい体の保持によって筋肉を増やし、支持性を補うことが必要なのです。

低緊張が大きな問題を引き起こしている、ということは意外に気づかれていないようです。でも、低緊張の悪影響は、子どもはもちろん大人になっても一生続きますから、放置しておいてはなりません。その悪影響とは、第一に、運動発達の遅れや悪い姿勢保持、外反足による歩きにくさです。そのための関節に加わる不自然な力などによって、後から関節の痛みや変形がおこりやすくなります。運動や姿勢の問題は筋肉の正しい発達をゆがめ、肥満にもなりやすくなります。体を動かしにくいことは意欲の低下をもたらし、やってもだめだとあきらめやすくなります。また、人との関係にも影響し、せっかくもっている“人との関係を楽しむ力”がうまく発揮できなくなります。保育園での観察をもとに書かれた 『子どものねがい,子どものなやみ』(白石正久著、かもがわ出版)にも次のように書かれています。

ダウン症の子どもたちは,乳児期において,人や物に向かう意欲が高まらないままに,成長することがあります.そういった子どもたちには,おそらく乳児期の人見知りや分離不安が,あまりみられないでしょう.そのここと,筋緊張の低さは無関係ではありません.腹ばいでくびを挙げられたとき,寝返りでおかあさんに近づけたとき,ずり這いで一歩前に進んだとき,子どもはうれしくて,新しい自信に溢れるときです.しかし,ダウン症の子どもたちは,その喜びを味わう量も,そして喜びの大きさも筋緊張が低いゆえに小さいのです. ダウン症の子どもたちの乳幼児期でたいせつなことは,筋緊張を強めるためのからだへのはたらきかけだけではありません.くびを挙げることも,寝返りも,這い這いも子どもにとって大きな矛盾をのりこえるしごとです.その矛盾を共有し合い,同じ目の高さで挑み,いっしょにのりこえていくようなパートナーが求められているのではないでしょうか.その人の存在によって,一人では味わうことのできなかった喜びが生まれ,次に挑戦しようとするような「心のバネ」がつくられていくのです.そして,そのパートナーとの共感の世界が,人を求めてやまない心を,きっとダウン症の子どもたちに,高めてくれるでしょう.自らの足で階段を這い上り,自らの足で立ち上がろうとするようになったダウン症の子どもたちは,そのころから素敵な指さしで,発見の感動を伝えてくれるようになります.「行きたいのに行けない」というからだでの「二分的世界」を克服した喜びが,なにごとも不思議と思う感動の心と,その心を伝えようとする力をよびおこしてくれたのでしょう.この発達の道すじは,障害があろうとなかろうと同じです.しかし,ダウン症の子どもたちの指導には,もう一歩,子どもの目の高さにおりて,一つひとつを子どもの心に寄り添って共感していく,ていねいさが必要なのです.

ダウン症の子どもたちは,人や物に向かう意欲が乏しいと,歩けるのにいつまでも手をヒラヒラさせたり,砂をすくってパラパラ落としたりする常同行動が,続くかもしれません.そんなとき,もしすでに歩いたり走れるようになっていたとしても,からだで矛盾をのりこえた達成感をたくさん味わい,「もっとしてみたい」「新しいことに挑戦してみたい」という「こころのバネ」が強くなるような保育・教育をたいせつにしたいと思います,発達には,ある時期に獲得されるはずの力が,弱いままで宿題として残ってしまうことがあります.それは,気がついたときに再教育によって,もう一度,しっかり獲得しなおせばよいのです.その「やりなおし」ができるのも,人間の発達と人間のしごとである保育・教育のすばらしさです.そのときの指導は,歩けたり走れる子どもに,這い這いによって矛盾をのりこえさせるような機械的な立ち戻り方ではなく,今もっている運動能力などの力をたいせつにして,その力で矛盾に挑戦し,達成感を味わえるように工夫する必要があります
 
また、ダウン症の子どもは本当は器用なのに(時間はかかりますが)、低緊張があって、自分で力をうまくコントロールできないと、やる気を失い、ひとに頼りがちになります。他のひとを動かす才能はすごいので、にっこり笑ってやらせる、ということは多いのではないでしょうか。さらに口の動きも低緊張と関係があるので、口が開けっぱなしになることや、丸飲みや、発音不明瞭にもつながっていきます。低緊張に正しく対処することは将来の生活がとても楽になる、ということでもあります。その方法について書いていきます。

(1)    赤ちゃんのときは寝かせっぱなしにしないで、抱いたり、うつぶせにしたりして、あお向けで寝ているときより視界を広げてあげることです。顔を見て楽しく話しかけ、あやしたり、手をとって遊んだりすると親子の共感も育ちます。赤ちゃん体操も毎日しましょう。そうすれば、いろんな楽しいことがあるな、やってみたいなという気持ちになってきます。

(2)    くびがすわると、お坐りの練習をさせたくなりますが、ダウン症の子で床に坐れないことはまずありません。必ずできることを練習する必要はないのです。苦手なことを練習したほうがいいのです。ですから、ちょっと不安定なところ(親ごさんの膝の上やベッド・ソファの端など)に胸を支えて坐らせるほうが、最も弱い体幹(胸・腹・背・腰)の筋をきたえ支持力を高めるので、姿勢保持につながるのです(端坐位といいます)。話しかけたり歌ったりしながらやれば、一石二鳥にもなります。だんだん姿勢がしっかりしてきたら、体を前後や左右にゆっくり揺らすと立ち直る力がでてきます。支える両手をだんだん下げていってレベルアップをしてみます。経験から、この端坐位はかなり効果的と思います。

(3)    歩く時期を急がないようにしましょう。早く歩けるよう歩行訓練をするよりも、体や足腰がしっかりするような全身運動を楽しむほうが、歩くことへの意欲と自信が育ってきます。でも、歩きたい気持ちが早く育ってきたら、体を後ろから両手で支え、足腰に負担にならないようにして、歩く気持ちを満足させてあげましょう。両手を持って歩かせるのは、親子の関係つくりにはよいことですが、腰がふらついている段階では、できるだけ短い時間にとどめてください。いつも手をもたないと自信がなく、なかかな歩こうとしないお子さんもいます。それから、まだ歩けない子を、抱いたままぴょんぴょんと跳ぶように動かすのは、膝などの関節に負担がかかりますからやらないことです。

(4)    歩くようになったら靴もはかせて外に出ましょう。はだしは、外にはどんな危険があるかわからないので、やめたほうがいいでしょう。靴は、最初は柔らかいものでじゅうぶんですが、しっかり歩くようになったら、土踏まずが高くなっているスニーカータイプの靴を選んであげましょう。外反足が軽いから理学療法で装具は必要ないと言われた場合でも、中敷きを入れた補助靴をはかせたほうが歩きやすくなることもあります。ダウン症の子はかかとが小さいので、靴のなかで足が動いてしまい、それが歩きにくさや変な歩き方の原因になっていることもあります。歩くことがゴールでなく、歩行の質を高めたいものです。

 次回は口腔機能の発達促進と食事の与えかたについて話します。

ダウン症外来 その2