ダウン症外来 その20

30年くらい前には、ダウン症についての理解はほとんどありませんでした。ダウン症という名前すらほとんど知られておらず、座りこむ(ダウン)する病気と思った人もいました。ダウン症の子は何もできないと思われ、理解力も応用力も創造力も立派にあることすら知られていませんでした。

でも今は違います。多くの人がダウン症の名前を知っていて、ゆっくりだけどだいだいのことはできるようになる、ということも知っています。それは親ごさん達の「わが子が社会のなかで生きやすくなるように」という祈りと努力のたまものです。そのために親の会を作り、お互いに助け合いながら、さまざまな工夫を重ねてこられたのです。会報やイベントの広報活動や、新聞やテレビなどマスメディアへの情報提供も、理解を広げるのに役立ちます。今では、ダウン症についての記事やテレビ放映はたくさん見られるようになりました。以前は、お涙ちょうだいの話が多かったのですが、最近は、ご本人や親ごさんの気持ちを適切で良く表現してくれるものが増えてきています。

良い記事やテレビ番組はどこが違うのでしょう。それは、取材する人と受ける人双方の意識、つまり、よく理解した上で作ったものか、その表現が読者にどう受けとられるかをよく考えたか、などによるのではないでしょうか。

皆様が取材をされるときの参考に、最近、読売新聞の医療ルネサンスというシリーズ記事で連載された「ダウン症、松野さんの子育て」を例にお話しましょう。この記事は読売新聞のホームページで読めます(ホームページを開いたら「ダウン症」で検索すると読めます)。

この記事を書いたのは、館林牧子さんという読売新聞の記者の方です。以前、科学記者として先端医療や遺伝医学などについて書いておられたそうで、母体マーカーについてもしっかりした記事を書いておられます。

私との出会いは偶然でした。今年2月、日本ダウン症協会に、読売新聞記者の板東玲子さんという方が、親の手記について記事を書きたいと来られ、理事で相談員の千野千鶴子さんというお母さんと私が取材に応じました。 そのときついでに、数日前の記事にあった発達障害の説明が正確とは言えないことを話しました。 発達障害に知的障害や自閉症が含まれておらず、これでは誤解を招くので、その記事のコピーに意見を書き込んで板東記者さんに渡しました。そのコメントが担当記者の人に渡ったとき、そばに偶然いた館林さんが私に連絡してこられ、日本ダウン症協会の事務局で会いました。その日も相談員は千野さんで、一緒に取材を受けました。

館林さんは、相当な逸材でした。あれほど徹底し深く突っ込んだ取材を受けたのは初めてです。最初から2時間くらい話し込みましたが、その後も、記事ができるまで毎日メールで質問を最低3つは送ってこられました。電話でも何度か時間をかけて話しました。松野明美さんのことがダウン症の人に普遍的かどうかという疑問、ダウン症の基本的なことについて、療育のあり方について、教育のことについて、就労のことについてなどなど … わからないことは放っておかず、かならず訊いてこられました。それも細かく詳しく。ご自分でも、厚労省からアメリカのホームページから、いろいろ調べられていて、ああ本物のジャーナリストなんだ、プロだなあとすっかり感心しました。

記事が出て、濃い内容に満足すると共に、記事の文章にどれだけ影響したかはともかく、私達は、この取材のやり方自体と、それを通じて行間が読めたことにとても満足しました。

前にもいろいろな取材を受けましたが、だいたいは言ったとおりに素直に書いてくれます。でも、ほとんど勉強せずに記事を書く人は、最大手の新聞社でも少なくはないのです。理解しないで調べるためピントが外れた記事になることもありました。電話だけで取材されたり、言ったことを無視した記事が書かれたり、取材した内容の途中で説明を止めたために意味が反対になったり、作った原稿を検討することを拒否されたり、読者の反応が否定的になるかどうかも問題にされなかったり、全体を通して一貫性がなかったり、言ったことはそのまま書かれていても全体からみると意味が反対になっていたり・・・そういう取材をして記事を書く新聞や雑誌は要注意!です。電話だけの取材は、最近、とんでもないことがあったので、日本ダウン症協会でも受けつけないことになりました。

ご存じの方もおられると思いますが、埼玉県川越市で、昨年10月、父親が、家庭内暴力もある27歳のダウン症の息子と母親を殺害という悲劇的な事件について、日本ダウン症協会に電話でコメントを求めてきた最大手新聞社があります。その際、理事の一人が電話を受け、次のようなことを言いました。その息子は作業所に行っていたようなので、そこの職員に相談すればよかったのではないか、とにかく家族だけでどうにかしようと思わないこと、外に発信していくことが必要だったのではないか。その子を一人の人間として接していたかどうか。息子さんは人生を自分の意志ではなく終わりにされてしまい残念である。実際には、父母なき後、グループホームで生活している人はいる … しかし記事には何と、日本ダウン症協会の意見として、親は皆、子どもより長生きしたいと思っているという、思いもよらない言葉が書かれていました。これは取材した記者の独断と偏見としか考えられません。これがどんなに失礼なことか何も感じないのでしょうか。 私達は皆ショックを受け憤りました。(なお、この事件のご家族は、JDSにも川越市の親の会にも入っておられませんでした)

ところで、館林さんがこの記事を書かれた目標は、「路頭に迷う人を減らすことができれば」ということであり、読者がどう読みとるかを常に考えながら書くけれど、それは容易ではないと言われていました。松野明美さんのお子さんの話から入っていったのは、関係者以外の人達にこそ読んでほしいからとのことです。

 記事は最後の一回を除いて松野明美さんの話でしたが、本当はもっと広げていきたかったけど、一般の読者に理解されるよう伝えるのは非常に難しいことでと、かなり考えこんでおられました。たしかにわかっているほど、わかりやすく伝えるのは難しいのです。書く側と読む側の知識や経験が違えば違うほど、伝えるのは難しくなります。これは私たちにとっても大いに共感するところでした。

連載の最後は、いきいきと働いている青年を取材し、密度の高いまとめでしめてありました。彼のいきいきした様子の表現と周囲の理解について書き出す筆力の素晴らしさも、身近な人の話からいっそうよくわかりました。これには私のコメントがのっていて、「受け入れ態勢があれば、働ける人は多い」と書かれていますが、この言葉を聞いたとき、受け入れ側だけでなく家族が彼を常に見守り、不得手なところを援助され、学校と協力して社会性を育てられていったことも大事なので付け加えてほしいと語ったところ、字数の制限もあるので館林さんは四苦八苦され、結局「社会性は育てられるので」と加えてくださいました。

館林さんは、読者の反響に対する意見も聞きにこられ、ダウン症協会の事務局でだったのですが、役員の親ごさん達と話している様子は新聞記者とは思われず、驚くほど溶け込んでおられました。その反響から、プラダー・ウィリー症候群を選んで、ダウン症から他の発達障害に広げるためにと書いてくださいましたが、ポイントをついた、状況が目に浮かぶような例をあげた記事にまとめあげたことに驚き再び感動しました。

 この記事の目標、路頭に迷う人を減らすための追求はその後も続いています。館林さんは、新聞に何ができるか考え続けておられていて、本当に嬉しく頼もしいことです。

マスメディアの影響はとても大きいのです。そのためにはよく理解され、正確で、反響が意識されなければなりません。私達もまた、情報が適切であるために、常に見守っていく必要があります。