ダウン症外来 その25

今年も新たな門出の季節がきました。桜もきれいに咲きました。でも今年の春は、冬のように寒い日と初夏のような暑い日が、かわるがわる来るという不思議な気候です。桜の上に雪が厚く積もるという珍しい光景も見られました。こういう時期は体調をくずしやすく、こまめに服を替えるなど、いつもより細かい注意が必要になります。

日本の春は、就園・就学・就労の季節です。喜びと不安の入れ混じった気持で新しい場にのぞまれたことでしょう。実際入ってみたら安心されたことも、心配になられたこともあるでしょう。

入られたばかりは、皆さん、緊張されているので、いつもの姿が見られないことが多く、それが親ごさん達にとって大きな不安でもあったでしょうが、新しい環境はなじみにくいものですし、ダウン症のお子さんは、自分の居場所を見つけてから、納得して動くタイプの人が多いので、動かなくなったり、行きたくないと言ったり、泣いたりして抵抗することはごく普通です。全然気にしないように見えても、最初は好奇心で行っても、そのうちに「あれ?今どこにいるんだろう」と改めて思って不安になることもよくあります。行くのを嫌がると、行かなくなると困るという思いから、無理に引っ張るとかえって嫌になって抵抗が強くなるでしょう。無理に行かせれば大丈夫であっても、それを親子で「学習すること」は将来のためによくありません。この方法は自我が強まった時にうまくいかなくなるからです。また、抱いたり車で門前に横付けしたら頼ることを覚えられてしまうでしょう。

ダウン症のお子さんは、人それぞれに、どう関係をつけたらいいかを見て考えています。そして、一つひとつ確実に自分で納得していくことで安心感をもつのです。ですから、できれば新しい環境に入る前にわかりやすく説明をすることが必要となります。同じ状況での練習もいいでしょう。また、早く起きてゆっくり支度できるよう生活を整えておくことも大事です。完全にできなくても、ほめながらゆっくり進めていきましょう(ほめることは完全にできる前、早めにするほうが効果があがります)。入学・入園前にしていなかった場合は、先生に理解していただき、段階を踏んでやることです。いったん状況をのみ込めば大丈夫でしょうが、今後も同じようなことはあると思いますので、新しい生活に入る前には試みてごらんになることをお勧めします。

 

ダウン症の子ども達は、新しい環境で、一般の子以上に疲れます。筋肉が少ないため今まで以上の動きが負担になることだけでなく、あちこち気を配りますから、よけい疲れてしまいます。そのため、最初の頃は帰ってきたらゆっくりさせてあげてください。眠いときは寝せますが、時間は短くしてください。お稽古やスポーツなども無理にならないように。家での普段の生活は、疲れすぎてぐったりしていなければ続けます。ただし気分が高揚していると、疲れているように見えないので注意が必要です。また、疲れたことを口実にして、やりたくないことから逃げることもありますから、見抜かないとなりません。要領の良いお子さんはけっこう多いですから。

中学生くらいになれば体力も十分ついてきますから、くたびれ果てている時以外は、普通に活動や家事をしても大丈夫でしょう。

 

保育園・幼稚園での理解を求めるために、日本ダウン症協会(JDS)では「ダウン症miniブック はじめましてどうぞよろしく! はじめて集団に入る子どもたちのために」という冊子を作りました。幼いお子さんのお母様方が何度も会合をもって話しあい作りました。ご自分のお子さんのことを書き込んで保育園・幼稚園で見てもらえます。富士市の方の話ものっています。ご希望の方は日本ダウン症協会までご連絡ください(一冊300円+送料)。

学校への対応の冊子も作りたいのですが、学校時代は一番大きく発達・変化する時でもあり、かなり難しく方針は立っていませんが、就労のほうは、一般就労についてのリーフレットが今年完成するので利用していただけます。福祉就労のほうは、JDSで行っている施設職員対象成人対応セミナー(年2回)や親対象の成人学習会(年3回)のやり方を改良し、その結果をふまえて冊子か本を作る計画があります。私もそれに協力しています。

 

学校や職場に喜んで行っていたのに、途中から行くのを嫌がるようになることもあります。そういう時は必ず理由がありますが、自分から説明できなかったり、親への気遣いから言わなかったりしますから、何で行かないの、行きなさいなどと強制しないで、まず、行きたくない気持に共感し、何があったのかを先生や指導員その他の人から上手に聞き出すようにしてから、解決を考えることです。周りが何もなかったと思っていても、気持が繊細な人は些細なことでも傷つくことがあるということを知る必要があります。

 

他県で、小学校からずっと不登校だった人がいますが、彼が成人になって言葉で説明できるようになると、不登校だった理由をこのように語ってくれました。「学校の先生が友達をこづいたんだよ。僕もこづかれた。先生は言葉がしゃべるのに、言葉で言えばいいのに、何にも言わないでこづいたんだ。だからもう学校に行きたくなくなったんだ」

 

ダウン症の人が不活発になったり、外に出たがらなくなるのは、まず、体の調子が悪いか、心が傷ついていて、ちょっと待って急がせないでというサインと考え調べます。たとえば熱が続いていたら原因をきちんと調べるために検査を受けましょう。重大な病気が隠れていることもあります。心の傷は、繊細な心の人が受けやすいのですが、表面的には繊細に見えないこともあります。うちの子は気にしない性格と思っていたけど、という声もよく聞きます。

 

しかし、病気でなくても、急がされて疲れが溜まっている、仕事や勉強を次々と持ってこられて頭も体も休む間がない、同級生や同僚がすることが気になる、理不尽に怒られた、先生や支援員の人が何も言わずに急に替わったなどの理由で学校や職場に行かなくなることもよくあります。他の人が怒られていたので行くのが嫌になったという理由もよく聞きます。これらは原因がわかれば解決できることですし、今後は予測できることもありますから、すぐに適切な対処をする必要があります。彼らにとって、複雑な事態を理解し独りで対処することは難しく、できても時間がかかるので、納得がいくように説明する必要があります。

家族と一緒に外出しなくなることもあります。思春期に入ると内向的になることも少なくありません。これはごく普通の成長発達過程です。自分探しをして、自分の立場や居場所を探しているのでしょう。やることを認めてあげてください。留守番の練習にもなります。

 

ただし、ダウン症の子は発達がゆっくりですから、思春期もゆっくり通過していきます。20代の半ばで、通常の10代半ばくらいの感じだと親ごさん達はよく言われますが、もしもそれより幼い場合は、手のかけすぎで精神的な発達が非常に遅れたためとみています。つまり、ダウン症としての普通の精神的発達や成熟よりも大幅に遅いとしたら、それは大人が替わりに考え、指示されて育てられた過保護の結果、自分で考え判断する力が育っていないためなのです。そういう人は、ちょっとした環境の変化で挫折し立ち直りにくく、時間をかけて成熟していくことができないので、思春期の嵐を乗り越えるのが難しくなります。静岡では、そういう方は少ないと思いますが、もしも親ごさんが子どもの頭や手足の代わりをしていると気づいた時は、今日からでも、お子さんが自分自身で考えられるように、先回りしないで、たとえば「どちらがいい?」と選ばせることから始めてみてはどうでしょう。