ダウン症外来 その26 (最終回) 

なにごとも初めがあれば終わりがあります。新ダウン症外来も今回で終了となります。長い間ご購読をありがとうございました。だいたいのことは出尽くしましたので、今まで書いてきたことを読んで実践してくだされば、子育てに困ることや心配することはあまりないのではと思います。それは、私の独断からではなくて、多くの親ごさんやご本人から教えていただいたことや、世界の最先端の育児方針や発達支援方策が土台になっているからです。本も3回読めば身につくと言われます。このシリーズを何度も読んで、お子さんを温かい目でしっかり観てください。そうすれば育児のコツも少しずつ見えてくることでしょう。

 しかしそれをお母さんだけでやるのでは余裕がなくなり、見えるものも見えなくなります。お父さんはもちろん、お祖母さんやお祖父さんも、ご協力をお願いします。さらに親どうしが気持をわかりあい、力をわけあい、他のお子さんも一緒に愛し理解する「家族会」の役割はとても重要です。ご本人どうしも親しくなりますし、それは一生の絆となり、つらい思いをしたときには乗り越える力となるでしょう。

 いままで多くの成人の相談を受けてきましたが、成人期になってつまずく人たちの多くは、身近に心を許せる友達がいなかったり、親の会と距離を置いていることが多いようです。

 日本人は高度成長の結果、政治や行政に頼れば安心という幻想をいだくようになりました。しかし、自分達が必要なことが何なのかを声に出さなければ、赤の他人である政治や行政がわかるはずはありません。黙っていてもお上がわかってくれる、やってくれるはずというのは大人の考えることではないのです。

最近、「小善は大悪に似たり」という諺を見つけました。これは、「その人のためになると、善意から苦労させずに物を与えたりすると、その人の自立努力をうばってしまうので、大いなる悪に等しい」という意味です。なるほど、そのようなことは子育て、療育、福祉、医療、教育、行政、政治など身近にかなりありそうです。たとえば、先生に悪いから言えないと意見や要望を言わないのはよいことでしょうか。無理解やいじめの問題を、学校に言っても改善してくれないからとそのままにしていることは、子どもの味方でなく、相手の味方になることです。子どもは「けっきょく親は何にもしてくれないじゃないか!」と思うでしょう。モンスターペアレントになってはいけませんし、効果のない対処は無意味であるだけでなく害にもなりますから、十分作戦を練って、必ず効果を上げるようにする努力こそ、本当に子どものためになるのです。その作戦を両親だけで立てるのは大変でしょうから、そこに親の会の方々と専門のアドバイサーの協力が役立つでしょう。

 人間の子どもは、他の動物のようには育ちません。人間は本能を超えているので、学びが一生必要なのです。子育てをするにも先人の知恵を教わり学ばなければ上手にならないのです。よく、どう育てたらいいですかという質問を受けますが、その答えは、自ら経験して、そこから学び、周りから教えてもらいながら、長い時間をかけて見い出していくことで得られますから、簡単に言えるものではありません。本屋さんに行くと、犬や猫の育て方の本が並んでいますね。犬や猫でも体や心を知って育てるのは簡単でないのに、人間ははるかに複雑なのですから、ひとことで子育ての極意を学ぶことはできません。どの親も、子どもが生まれたときが0歳と言われます。子どもが3歳なら親も3歳、一緒に育っていければ最高です。子どもは一人ひとり違いますから、きょうだいにも、どの子にも言えることです。地道な毎日の積み重ねが輝かしい将来を作っていくのです。

最近お会いした、ダウン症をもつ赤ちゃんの若い親ごさんは、「いまは情報があふれかえっていますね。それから適切なものを選んでいくには自分の今までの経験が役立っているけど、ダウン症のことは経験がないので、選んだ情報が正しいかどうかわかりません。だから確かで経験ある人や親の会に相談して教えてもらわなければと思っています」と、最も大事なポイントをさりげなく語られました。

では、親の会は何のためにあるのでしょうか。 他の人にはわからない気持を互いに分かち合うことは、何にもまして大きな心の支えとなるでしょう。子育ての情報を交換し、行事を皆で楽しむことは気分転換となり、明日への力ともなります。

 最初の挫折感から立ち直るのに、このような親の会の役目は重要です。でも、いつまでもそういう状態で留まっているのはいかがなものでしょうか。その間にもお子さんは成長していきます。子育ては、子どもが成長し親離れしていくときに、親が子どものありのままを見て、良き市民に育てていくための努力と失敗のくりかえしでもあります。ですから親の会も成長していく必要があります。大事なわが子が豊かな人生を送るためには、人間として住みやすい社会を築き、それを保っていく努力が欠かせません。こんな大事なことを他人や政治や行政に任せっぱなしにするわけにはいきません。行政にしても当事者からの声がなければ動けませんし、何も言わないでいれば「必要ないから黙っているのだ」と思われるだけです。一人ひとりが考え行動してはじめて、わが子が生きやすい社会になるのです。

知的発達障害がある人達への支援や援助が適切とは、とても言えないのが現状です。その理由は声が小さすぎるからです。そのことは行政からも指摘されています。知的発達障害があると、立場を改善するために主張したり改善したりするのが苦手です。そのため、親が代理となって主張していく必要があります。それを私達専門職がやってもだめです。しかしこれは、大人の社会では当然のことです。日本の人口から考えても、声を出さないで理解してもらうのは絶対不可能。わが子を守るには、大きな力に頼るのでなく、親としての気迫が一番です。

2005年の日本ダウン症フォーラムを思い出してください。親ごさん達が素晴らしいアイディアとパワーを出されたことを。皆で力をあわせれば、わが子の将来は大きく開けてくるはずです。よりいっそうのご健闘を心から祈っております。

私は、全国の方々への支援で東奔西走の日々を送っています。親ではありませんが、ご本人さん達のため何ができるだろうかという思いが絶えず湧いてきます。日本ダウン症協会の理事に選ばれたので、やる気たっぷりの親の役員や相談員の皆さんと、ダウン症の方々が社会のなかで人間として当然の生活ができるような方略を考え、行動に移し、また、国内でのネットワークを築く作業にとりかかっています。同じダウン症をもっていても地域によって幸不幸があってはなりませんから、地域格差(その原因は地域に協力専門家の有無に思えますが)の解消も大きな課題です。あまりに大きな課題なので、ときに絶望感もいだくことがありますが、自分で主張できない人たちのことを考えると諦めてはいられません。さらに、ダウン症以外で、少数のため知られていない染色体異常をもつ人達の支援も行っています。ダウン症はもとより、これらの人達すべてが良い人生を送るようになれば、日本はもとより、人類すべてに良い影響があると信じています。

最後に、皆様のご健康と、ご本人さん達のご成長・豊かな人生を心からお祈りいたします。