ダウン症外来 その3

今回は食事についてお話します。食事は生きていくためだけでなく、発達においても非常に重要です。最近、食育という言葉ができたように、食べ物が心身をつくる栄養素となる入口であるのはもちろん、食べること自体が、口腔機能の発達につながりますし、言葉やコミュニケーションにつながり、さらに食事のマナーなどを通して社会参加につながっていきます。

 ダウン症の人たちには、口唇を閉じないまま、よく噛まないで飲み込む食べかた(丸飲み)がよくみられます。これは前にあげた3つの特徴から来るものですから、噛むことだけさせようすると、改善しないだけでなく悪い癖もついていきます。丸飲みは、呼吸・口腔機能不全、中耳炎、口腔や顎の異常な発達、消化・吸収不全、発音不明瞭、肥満などの原因になります。ダウン症の人には多い発音不明瞭も、遅れがあるから当然と思われていて、構音の指導や練習はほとんどされていませんが、彼らの知的発達と構音の関係は少なく、これはむしろ口腔の低緊張や機能障害と考えられます。一般にダウン症の人の能力は過小評価されていると思いますが、それは言葉が理解されにくいことが大きいのではないでしょうか。たとえ伝えたくても、発音不明瞭で伝わりにくければ諦めてしまいます。発音の指導と練習は、たとえ大人であっても必要なのですが、幼い頃に食事を正しいやりかたで与えることでかなり問題を減らすことができます。

いったん丸飲みの癖がついたら、摂食の専門家に(特に歯科の先生が熱心です)治療していただかなければなりません。その場合、効果が出るまで時間がかかりますが、途中諦めてはなりません。必ず上達します。でも、早いうちから正しいやりかたで食事を与えていれば、家庭でじゅうぶん対応できますからはるかに楽です。食事は生活の基礎なので何回かにわけてお話しますが、まずは、赤ちゃんの親ごさんも読んでおられると思いますので、時期を逸しないほうがいいですから、授乳と離乳からお話します。

○ 食事を与えるときは、何よりまず楽しみながら、正しい食べさせかたに気をつけて
食事は楽しくすることが第一、訓練の場になってはなりません。がんばると発達をゆがめ、親にもストレスとなります、子どもはそれを察知して拒食になったりもします。
ダウン症のお子さんは姿勢保持が大事ですから、飲ませるときも食べさせるときも、正しい姿勢に気をつけてください。寝ながら飲ませることはしないでください。

○ 授乳が困難な場合とその対処法は
とくに3ヶ月以内は飲めないほうが普通ですが、だいたいは改善します。母子手帳のようには大きくならないと心配される親ごさんも多いようですが、「ダウン症の子の正常な成長」とは、一般の子の身長・体重より小さめなのです。ただそれが本当の栄養不足であれば心身の発達にとってよくないので、医療者はその区別をする必要があります。

では授乳が困難なときはどうしたらいいでしょう。乳児期早期は眠ってばかりかもしれませんが、昼間は、眠りが浅くなってトロトロしている時に、声をかけたり体を動かしたりして遊ばせ、少しでもいいから飲ませましょう。ただし拒否する場合は無理にしてはなりません。分泌物が多ければ吸引などで除き、下あごが落ちるようであれば支え、ゲップを何度もさせながら飲ませていきます。何をしても飲めない場合はチューブで栄養分を補給すればいいのだからと、開き直ったほうが不安にならずにすみます。母乳が吸えない子も多く、長く吸わせていると疲れてしまうでしょうが、それでも母子の愛着に重要なことですから、短い間で少量でも与えるようにしてください。それによって母乳がだんだん吸えるようになる場合もあります。ただ、それがお母さんにとって苦痛であれば逆効果になるので、無理強いは禁物です。

また、飲みが非常に悪かったり、よく吐いたり、飲んでいるのに体重が増えない場合は合併症が隠れているかもしれませんので、医療者に相談してください。

○ 飲み過ぎと思われるときは
一方、いくらでも飲めて太るの心配になることもありますが、乳児期に太っていて
も将来への影響はほとんどないので大丈夫です。しかし太りすぎると、活動性が低下するおそれもありますから、適量を超したら欲しがっていても止めたほうがいいでしょう。水分補給には、さましたお湯などでおこなってください。果汁は与える必要ありません。

○ 離乳食の開始は普通に、完了はゆっくり
ダウン症の子も生後半年をすぎると、個人差はあっても、普通の発達かそれ以上に自己主張が強くなりますから、離乳食を遅く始めると食べ物やスプーンを拒否することがよくあります。離乳は生後6ヶ月以前には始めたほうがよいと思われます。離乳食を与えるときは、まず姿勢を正して抱いてください。しっかり食べられるようになったらコットや椅子で向かい合って、楽しく話かけながら与えるのがいいでしょう。

ダウン症の子は口腔機能がよくありません。そこに注意することが必要ですが、あとは一般の子と変わりません。特に遅れるのは口の周囲(舌、顎など)や口の中の発達で、うまく動かせないため舌の未熟な動きや舌突出が目立ちます。そのため、離乳はゆっくり進めてください。離乳初期や中期食がかなり遅くまで続いても心配いりません。発達を促そうと口の訓練をする必要はありません。一番重要なのは適切な食べ物を選択することです。適切な食物の見極めは、子どもが口を最も動かしているときを目安にしてください。麺類の好きな子も多いようですが、噛まないでツルツル飲み込めるので口腔機能の発達には最悪の食べ物ですから、幼い時には与えないでください。離乳食の段階では、太めの麺をやわらかく煮て、短く切ってモグモグできるような形にして与えたほうがいいのです。また、砂糖の入った卵ボーロや塩分の多いお菓子には気をつけましょう。

○ 舌の突出を減らすには
ダウン症の子に多い舌突出の最も多い原因は、食物の形が摂食機能の発達段階に合わないことです。食物の形が発達段階以上だと丸飲みになって舌をもてあまし、以下だとお乳を吸うような口の動きになって舌を前後に動かします。低緊張があるため舌は普通より先に出やすく、口や上あごが小さいので舌が大きいように見えます。正しく食べさせていれば舌突出はなくなります。舌が出ないよう押し込むのは、かえって逆効果です。
舌で遊んだり、反応する大人に応えてやっていることもありますが、こういう場合は無視が第一です。摂食に対して特別な対応や専門的技術もありますが、それを家族がやるのは賛成しません。親ごさんはむしろ子どもの顔を見て話しかけながら食事を与えてください。食事時以外に口や舌を動かして一緒に遊ぶと真似をするようにもなります。