今月、診療に来られたお母様から、食事のことをもっと早く知っていればと言われ、このテーマを早く書き上げなくては、と思いました。今回は噛むこと、飲むことについてです。

○食べ物の形や硬さを食べやすいようにして
 「うちの子は白いご飯が大好き」と言われる方は多いですね。「ご飯はよく噛むとおいしいから」というご本人もおられますが、どちらかというと噛まないで食べるほうが多いようです。また、おかずを食べなくて困っているとか、納豆ご飯ばかり食べていることもあるようです。おそらくご飯の口当たりが合っているのでしょう。だったらおかずも同じように、柔らかく、いくぶんベタベタしたものにしてはどうでしょう。また、ツブツブは嫌がられるようです。これは感触が嫌なのかもしれませんが、粒が入っていると口のなかでバラバラになるため、まとめて唾液と合わせて飲み込むのが難しくなるからでしょう。おとなでも、数の子のような口の中で散らばるものは飲み込めない人もいます。

 麺類については前の号で書きましたが、子どもの将来を考えたら、ツルツル麺はそしゃくが確立するまでは与えたくないですね。摂食指導で麺は絶対ダメ、という厳しい歯科の先生のところでは、丸飲みする子はほとんどいないそうです。

○そしゃくは正しい摂食を続けていれば自然に出る
 噛めないことの悩みは多く、そしゃくの練習をさせている方もおられるようですが、そしゃくは練習して早くできるわけではありません。かえって誤った練習で、そしゃく機能がおかしくなるほうが多いのです。ダウン症の子は、そしゃくが一般より遅れて当然です。そしゃくとは歯で噛みきることではなくて、舌で押しつぶせない硬さの食物を、すりつぶしながら唾液と混ぜ合わせる高度な摂食機能なのですから、段階をふまなければ正しくできるようにはなりません。それには全体的にバランスのとれた発達が一番必要なのです。また、肉がなかなか食べられないという声も聞きますが、一般の子でも硬めの肉がそしゃくできるのは5歳頃ですから、大幅に遅れたとしても、それは「正常な」ダウン症の発達なのです。

○離乳後の水分摂取には
 哺乳瓶は2歳を過ぎたらできるだけ使わないですむように、コップの練習をしていきましょう。哺乳瓶は口の中の発達に合わなくなっていきますし、いつまでも赤ちゃんに見えてしまうことから子どもの成長発達を見誤るおそれがあります。これでは遅れを招く環境も作られてしまいます。もし、遊び飲みが増えたり、哺乳瓶を自分で持って飲めるようになっていたら、哺乳瓶卒業に向かっているサインです。ストローよりもまずコップで確実に飲めるように、コップに慣れましょう。ストローは舌突出を助長し、おっぱい飲みの動きに留まるおそれがあります。コップについた太めのストローを使って練習するのはダウン症の子には向きません。コップがまだ難しいようでしたら、お椀を使ったり、レンゲを使ってみてはどうでしょう。コップも、子ども用のはちゃちで飲みにくいかもしれませんので、むしろしっかりしたコップを使ったほうがいいでしょう。コップで水分を飲むことは流し込むのとは違いますから、背筋を伸ばして座らせ(椅子でも膝の上でも)、くびが上に向かないような姿勢をとらせ、くちびるを水分に触れるようにして(くちびるの感覚が育つようにすることも大事なので)、少しずつゆっくり飲ませていってください。そうすれば、だんだん上手になります。ブクブクするのも自分で練習していることなので見守っていてください。
 もう哺乳瓶を外したい時期なのにコップでよく飲めない場合は、コップの練習をしながら、水分摂取にはトロミをつけてスプーンで食べさせることもしてはいかがでしょう。

食事の自立ができるようにするには
 早くひとりで食べてほしいという一心から、ひとりで食べる練習に励んではいませんか?しかし、将来確実にひとりで食べられる子に、がんばって練習をする必要があるのでしょうか。かえって自然な発達を損なうような気がします。ダウン症の子は発達に遅れがありますが、それは「発達するのに必要な時間が長い」ことを意味しています。その時間をはしょってしまうことは、段階として必要なことを置き去りにしてしまうことにもなります。目に見えない部分がゆっくり育つことこそ、人間の成長成熟にはとても大事なのです。親が食べさせる時期は、お互いの関係を最も大切にできる時期なのですから、そこを大事にすれば、子どもは安心して自立に向かいます。ひとりで食べたくなった時、サインが必ず出ますから、それを待っていればいいのです。いつまでも依存していることはありえません。必ずできることは訓練しなくていいのです。問題がないのにする訓練は逆効果や偏見のもとにもなりかねません。もし、やってみようという気持が出てこないで、なかなかひとりで食べようとしないのであれば、おそらく独立心が芽生えた時に保護者がゆっくりじっくりかかわらず、先に手を出してしまったりして、自立の機会も自信も失っていることが考えられます。相手を観察し、できないふりをすることもダウン症の子の得意技ですから、そこを見抜いて、手は先に出さず、少しだけは手伝って、でもひとりで食べたように思わせ、自信が出るように工夫することも必要でしょう。それに、ひとりで食べるようになった後に食べ方を矯正するのは非常に困難ですから、ひとりで食べてほしい頃(1歳後半〜3歳頃)はむしろ、次のような体験ができる良い機会と考えられます。たとえば、保護者の方が食べ物を手に持って口に運び、噛み切って食べたり部分食べをすることを練習するのです。これにより「一口」の感覚が身につきますし、口いっぱいほおばることも防げるでしょう。

いつまでもひとりで食べないという問題は、お皿に手をつっこみグチャグチャにするのを止められている子にもみられます。これは大事な発達の段階です。子どもはまず全身を使って食べ、しだいに必要な部分だけで食べるようになるものです。ある歯科の先生は「体中で食べるのは子どもの仕事、それを片づけるのはお母さんの仕事」と言っていました。汚されたら、簡単に片づけられる工夫をしておられるお母さんもかなりおられますので、経験をお互いに話し合うのもいいでしょう。また、ひとりでスプーンなどを使って食べることを、模倣をしたり指示に従ったりしてきれいに食べられるようになる時期より前に急がせると、野性的な食べ方になってしまうこともあります。しかし、今そうなっていても、焦らないで、家族がゆっくり楽しみながら一緒に食事をしていれば、いずれは上手にきれいに食べることができるようになるでしょう。



ダウン症外来 その4