脱却しよう! ダウン症神話 (よく見聞きする、ダウン症は特殊という思い込み)
神経神話という言葉があります。それは、脳トレをすれば頭が良くなるというような、科学を装った、単純で極端で非科学的なことで、日本神経科学学会でも警鐘を鳴らしています。
それにならって、よく見聞きする思い込み(固定概念)を「ダウン症神話」という言葉にしてみました。これが問題なのは、事実と離れ、固定概念(思い込み)として偏見につながり、ご本人達の可能性を閉ざし、苦しめ、風評被害になってしまうからです。
人間は誰も完全ではありません。それを忘れると根拠ない自信が芽生えてしまいます。誰にもありがちな偏った考えかた(認知の偏り)には、決めつけ(先読み、深読みのしすぎなど)、関心あることだけに注目、一般化しすぎや拡大解釈、過小・過大評価、回避、白黒(+-)思考などがあります(これは認知療法の基本でもあります)。
一つのことに集中して大事な「全体」が見えなくなっていたり、部分否定(肯定)なのに全面否定(または肯定)と思ってしまったりすることもよく見られます。
ダウン症神話はインターネットで沢山見られます。もちろんインターネットにも正しい情報がたくさん書かれていますが、いわゆるガセネタもたくさんあります。
インターネット自体は良い悪いと関係ないのですが、「インターネットは大道の落書き」という言葉もあるように、正しい知識をもたないまま安易に信じてしまったらアブナイのです。さらにインターネットは、現実を忘れて逃げ込み、心地よさから抜けられなくなって、依存になるおそれもあります。
わが子にダウン症の診断がなされると、ダウン症のことで頭が一杯になります。これは「関心あることだけに注目する人間特有の思考の偏り」なのです。ダウン症などの障害だけに目が行ってしまうと、外に広い世界があることが頭から抜けてしまいます。親ごさんは、わが子が自分と同じ人間であることを忘れ、立派な子を産んだことを忘れてしまうと、自尊心をおとしめ、大事な人間力も豊かな教養も失われてしまいます。その悪影響は多方面に及ぼされていきます。これが一番恐ろしいことなのです。
ここに書かれたことは、親御さんや関係者の方々にとって心地よい言葉ではないかもしれません。でも甘く優しい言葉がためになるとは限らないのです。「人の為と書いて偽と読む」と昔の人も言っています。「あなたのためよ」と言われて、そうかなと疑問に思われたことはないでしょうか。それは本当にお子さんのためなのか、立ち止まって考えてみる必要があります。甘いものは心地良くても虫歯になりますね。虫歯は万病のもと。それと同じで、甘い言葉だけを受けていると、考える力が奪われ、依存という心の虫歯になるでしょう。
耳障りな言葉には、避けたりしないで、「どうして?」という疑問を持ちましょう。ひとりで考え、経験しては考え、さまざまな本を読んでみて、それも妄信せずに自分の頭で考えて判断することが必要です。批判力は貴重です。批判と非難は違います。人は誰も完全でないのですから、批判も、より良い道を見つけるのに役に立ちます。そのため疑問を心に収めてしまわずに、直接疑問をぶつけることは必要です。親御さんや支援者の方から、「最初はわからなかったけど、何年かたって意味がわかった」と言われることもありますが、疑問をぶつければ早くお互い理解しあえるでしょう。疑問は放っておかないことです。それに、簡単にわからないことには価値がありますから、考え続けるのは大事なことです。
ダウン症神話にはこのようなものがあります。
神話1 ダウン症の子は天使で無垢、悪いことはしない
ダウン症の子は天使、と信じていませんか。でも、ダウン症があってもなくても、子どもは誰も天使でなく人間です。ダウン症自体は病気でも障害でもなく、人類の多様性にすぎませんし、体質とも言えます(我が子にそう教えている親ごさんもいます)。お母さん、あなたは立派な「人間の子」を産んだのです。だから「人間の子」としての社会性を育てる必要があるのです。特にダウン症の子は「お試し行為」が得意ですが、それが良くない行為だったら無視してください。笑わないで、声かけもしないで、危険でない限り怒らずに。反応したら、思う壺だとエスカレートします。危険な場面や反社会的行為には厳しく教えるべきで、これらは子育ての原則ですが、天使と思っていると甘くなってしまい、大切な「人間力の発達」が止まってしまいます。
善悪がわかる能力があるのに万引きをするダウン症の人もいますが、それは、技術面だけが評価され、大事なことが身についていないのでしょう。あるとき保育園で大人のバッグを勝手に開けている子を見て注意したら、保育士さんが「いいのよ」と言ったので驚きました。これは、自他の違いを知らないまま育ってしまいます。とんでもないことです。
また、「やっていいですか?」と聞くことを教えられていないこともよくあります。それでは社会性を身につけるのが難しいでしょう。天使ではないので、人間として育てなければならないのです。
大人の期待に添うタイプの子は、親ごさんが「天使だ」と思っていると、自分が出しにくくなり、正常な自我の発達が抑えられ、心理的に自立できなくなってしまうでしょう。
神話2 ダウン症があると永遠に子ども、何歳になっても可愛い
ダウン症の人の多くが使うほめ言葉は「可愛い」だけです。でも、ダウン症の人が写った写真や動画を見た人のほとんどが口にするのが、大人であっても、「かわいい!」だけです。ダウン症の人達が可愛く見えるのは確かですが、発達はゆるやかでも、体も心も大人に向って成長しています。それに、「可愛い」というのは一方的で一面的な評価です。ご本人の立場や思いから離れ、子どもが葛藤しながら発達するのも忘れてしまうでしょう。さらに、ダウン症の人は、他の人の気持ちを大切にする性向をもっているので、相手の気持ちに添おうと、可愛い素振りをしがちですが、そうなると心の成長も抑えられ、自立する機会を逃してしまいます。
TVなどで、もう大人なのに「子」と言われていわれることが多く、あるチャリティー番組では、共演したアイドル達より年上のダウン症の成人に、関係者が「この子」と平気で言っていました。とても失礼なことなのに気づかれていないのです。また、アメリカの映画の案内で、好演しているダウン症のある18歳の俳優が「子役」と平気で言われていました。偏見や差別は意識しなければ克服することはできないのです。
神話3 ダウン症の子を育てるのは大変
ダウン症の子は育てるのが大変とよく言われますが、はたしてそうでしょうか。そもそも子育ては多かれ少なかれ大変なものです。育てる自信がないと言われる親ごさんもいます。親が子育てに絶大な自信をもっていたら、そのほうがはるかに問題です。逆に、きょうだいより育てやすかったというご家族もかなりおられます。それは、ダウン症の人たちが周りの人の様子を感知する能力が高く、他者の気持ちや態度を察してくれるからでしょう。きょうだいのほうが病気がちなこともあります。子育てが特別大変になるのは、手をかけ過ぎて甘やかし、振り回されているためではないでしょうか。
「染色体異常と診断されても、ちょっと丁寧に育てるだけでよいのです」と、静岡で親の会を創設されたお母様で心理相談員の河内園子さんは仰っています。
また、どの子も両親から受けついだ性格をもっています。親ごさん自身に似ていても、ダウン症のせいと思われていないでしょうか。
神話4 ダウン症の子には早期療育が必要、普通に近づけられる
ダウン症の子は、「普通の子にダウン症がある」だけです。普通に近づけるといったら失礼でしょう。早期療育が始められたのは、幼い時おとなしいからと放っておかれた時代に、かかわれば発達が伸びることがわかったからです。障害があれば療育に直結するのは差別ですが、「療育」とは、簡単に言えば、生活に支障をきたす苦手面があるときに、乗り越えるためのコツを教え、得意なことで補うヒントを与えることでしょう。
ただし、親子の深い愛情と信頼、日常生活体験、感覚と感性、相互コミュニケーション、思考力と判断力、社会性など、人間としての基本が育成されない中で療育を行ったら逆効果になってしまいます。
神話5 ダウン症の人にこれは難しい、やっても無理
専門家から知的障害があると言われると、あっさりと「難しいから無理」と思ってしまい、可能性を閉ざしてしまいがちです。人には本来、挑戦しようという意欲と推進力があります。それはダウン症があっても全く同じです。できるかできないかを考えずに、好きなことから一緒にやって、苦手なことを励ましながら少しずつ広げていけば自信がつくので、ひとりでやってみようと思うようになります。
神話6 ダウン症の人は不器用
ダウン症だから不器用と信じている方に「きょうだいより器用な人は大勢いますよ」と言うと、びっくりされます。なぜ不器用?と聞くと、多くの答えは「手が小さい」「ものがうまくつまめない」です。手の大小は器用さと関係ないことですし、つまめないのは手指の運動発達が遅いだけです。いつも誰かが先に手をだしていれば、どんな子でも不器用になります。
ダウン症の人達は指使いが器用なのに握力が弱いことが多く、そのため手をうまく使えないようです。学校の体育では握力をつける運動を、体幹の筋トレと同時にしてほしいものです。幼少時から握力をつけるには、四つ這いや坂道ハイハイ、大人の手や棒を握った「ぶら下がり」、鉄棒、雲梯などを年齢や発達に応じて行うと良いでしょう。ぶら下がるのは、体幹の支持が出てきてからのほうが安全です。これらは腕や肩や手の筋肉を増やします。さらに背骨の歪みを防ぐなどの効果もあります。
神話7 ダウン症の人は素直で他の人に従順
「うちの子はダウン症なのに素直でない。反抗的で困る」と言われることがありますが、お子さんは「自分に」素直なだけです。成人になって引きこもりや精神的不調をきたすのは、幼い時におとなしくて指示待ちになっているとか、反抗期があっても不適切な対応だけ(抑える、叱るなど)だったことのツケが多いのですが、ダウン症があっても同じです。でも大体の人は、乳幼児期の反抗がなかったのではなく、表現が派手でなかっただけです。そのような子は、不安や嫌がりの表現が控えめだったり、じっと観察してから対応を考えたりしています。反抗して親を困らせたくないと抑えてしまう子もいます。親ごさんが、知的障害だから脳の働きが単純だろうと、根拠なく思い込んでいると、細かい表現は見落とされてしまうでしょう。
神話8 ダウン症の子は考えていない、だから気にせずにできる
この言葉は、ダウン症について良く知っているはずの人も自然と口にすることがあります。でも、それは違います。彼らは、幼い頃から実に良く考えて判断しています。言葉が出なくても、言われたことは直感で理解できます。複雑な思いを言葉で語るのが苦手なダウン症の人も多いのですが、表情をよく観れば、思いを察することはできます。周りの人が言葉や表情、反応を見ないで先まわりしてしまうと、反発する人もいますが、考える力が奪われ、人間力も失われてしまうことが多いのです。
ダウン症の人の認知や考え方は自閉症の人とは違って、一般の人と共通です。自閉症を伴ったダウン症の人もいますが、自閉症スペクトラムだけの人とは対人関係などが違うようです。ダウン症と自閉症の最大の違いは、ダウン症の人達は全体がわかれば部分が理解でき、応用もきくことです(逆に、全体が見えなければ教えても理解しにくのです)。自閉症スペクトラムがあると、IQに関係なく、全体があることに(教えられないと)気づきにくいのです。ダウン症の子は、自閉症の子とは反対方向の理解なのです(これは一般の人と同じ方向と言えます)。なのに、ほとんどの学校ではダウン症の子への教育が自閉症の子と同じようにされていますが、それはダウン症の子の伸びを停滞させてしまいます。
神話9 ダウン症の子は教えないと何もできない
この言葉を障害児教育専門の大学教授から聞いて仰天しました。ダウン症の子とつきあっていれば
そんな言葉が出てくるわけはありません。専門家の発言は大きな影響を及ぼすので、困ります。実際には、ダウン症の人達は、教えなくても、さまざまな場面で情報を自分で得ています。自分の頭で考え、その情報を適切な時に使って判断し、行動しています。もちろん、人の判断は常に正しいとは限りませんから、誤っていたら訂正してあげればよいのです。
考える力が育てば、応用もきき、新しい発見も増え、素晴らしい発想も見せてくれます。しかし、指導や指示だけ受けていると、自分で考えてはいけないと思ってしまいます。それに、彼らは自分を理解しない人と見抜くと、本音を出そうとはしないのです。
この神話からは教育の問題も読みとれます。教育者には、障害の有無と関係なく、子どもたちが総合的な人間力を身につける教育をしてほしいのですが、それには教育者自身が、総合的な人間力を、大学や卒後の教育、社会経験や対人関係を通して身につけるために鍛錬が必要です。それは実際になされていると言えるでしょうか。
神話10 ダウン症の子は動物的本能で感じ行動するが、知性は欠如している
この言葉が無意識に出てくることはけっこう多く、ショックを受けます。これは彼らの人間性を否定される、根拠なき最悪の言葉でしょう。ダウン症の人達の知的障害の意味は、知性を欠くことではありません。知性がないと思われると、知性豊かな環境から外されてしまうので、知性の発達が阻害されてしまいます。また、ダウン症の人達の直感は、生命や危険察知の本能よりも、人間関係を安定させるための能力が大きいようです。
ダウン症の人は知恵おくれと思われていますが、IQとは違う「知恵の力」は豊かで、むしろ「知恵すすみ」と言ってもよいでしょう。知恵おくれだからと能力を低く見たら、可能性は閉ざされ、彼らも持ち前の知恵を悪知恵(年相応でないイタズラや悪さ)にしか使えなくなってしまいます。
神話11 ダウン症の人は悩みがなく、ストレスもなく、いつも幸せ
これも、関連専門家や親ごさんですら誤解されています。ダウン症の人達は、他の人をじっと観察し、それぞれに合った対応を見つける能力が高いので、対人関係のストレスは増すでしょう。それに、我慢強く、親思いのため、自分の辛さを親ごさんに訴えることはまずありません。親ごさんが不安になると、ダウン症の人達は心優しいので、心配でたまらなくなります。
過度のストレスが蓄積すれば、適応障害を起こし、精神に不調をきたし、心身症にもなります。これが、思春期以降にみられる精神的問題の最大の要因です。もし信頼できて指示的でない第三者がいれば、本音が伝えられ、相談ができます。ですから、共感して話を聴き、対等に話し合える人が、親以外に必要になります。これは、全ての人が青年期に必要なことでしょう。
また、自分が何者かわからないと誰でも不安になりますから「ダウン症について」説明を受けることは大事ですが、前向きな姿勢がないと逆効果になります。ある25歳の女性は、「おなかの中でケガをした」というお母さんの説明に「ほかのきょうだいはケガしていないのに、何で私ばっかり」と親を責めました。たとえ善意であっても、説明が、客観性やメリットを欠き、ご本人の思いを汲んでいなければ、不満や不安を残してしまうでしょう。
神話12 ダウン症の人は頑固である
ダウン症の人は頑固、というのは最大の神話かもしれません。周りの人も頑固の一言で納得してしまいます。でもそんな単純なことではありません。彼等は先の見通しが苦手で、想像力がありすぎるため生じる不安や、無理解に対する消極的な抵抗、自分の美学や信念を曲げまいとする一徹さ(職人魂に似た)、発達する自我の対処への迷いなどから、他の意見が入らなくなり、動きすら止まってしまうのでしょう。
そもそも人には頑固になる時期があります。思春期は誰でも頑固になる時期ですが、最初は「理想を求める3歳頃」だそうです。常に幼児扱いされていて精神的発達が大幅に遅れると、実年齢に合わない頑固さも出てくるでしょう。さらに、親子などが互いに意地を張り合い、膠着状況になっていても、ダウン症の人のほうが「頑固だ」と思われていないでしょうか。
神話13 ダウン症の人は芸術性が豊かである
これはマスメディアでよく言われる言葉で、根拠なく信じ込む人も多いようです。では芸術性とは何でしょう。芸術性はすべての人にある欲求であるとすれば、ダウン症があっても当然持っていますし、芸術性は特別な能力とすればダウン症があっても一部の人だけにある才能でしょう。あなたの思う芸術性は他の人の思う芸術性と違っているかもしれません。思い込みは、たとえ善意であっても、当事者を枠のなかに追い込んでしまい偏見となってしまいます。
ただし芸術的な感性は、幼少時から自由に絵画・造形・音楽などを楽しみ、これは素晴らしい感じたものに触れていることから磨かれます。あなたのお子さんにそういう環境を備えてあげていますか。
神話14 ダウン症の人は音痴、歌をうまく歌うことはできない
音痴とは音楽全般の鈍さを言い、音程だけでなくリズムなども含んだ一種の学習障害を言うそうですから、ダウン症の人達は総じてリズム感が確かなので音痴には入らないでしょう。歌うとき音程を外す人は多いのですが、音楽を聴いて題を言い当てる人も多く、音程は正しくとらえられているようです。音程が外れたり、音域が狭かったりする人が多いのは耳の機能や口腔機能の問題のようです。正確な音程で一緒に歌うと正しく歌えるようになった人も大勢います。ピアノと歌を別々に習っていて、それが一緒になり、弾き語りを楽しむようになった青年もいます。
神話15 ダウン症の人は太る
ダウン症の人は太ると思われていて、赤ちゃんの親ごさんたちも心配されます。でも、太っていないダウン症の人も大勢います。何が違うのでしょう。肥満の主な要因は、必要以上のカロリー摂取(特に炭水化物)、運動不足と少なめの筋肉、活動性の低下、甲状腺機能低下などの代謝異常、それに親から受け継いだ肥満体質です。学校を卒業してから太る人はかなりいますが、それは運動が減るためです。間食や甘い飲み物が増える人もいます。ダウン症の人は身長が低めで筋肉が少なめなので、食事量とカロリーは少なめでよいのです。食育や栄養の基礎を知らないで判断するとたいてい誤りますから、専門の管理栄養士に教わったほうよいでしょう。
また、食事はメンタル、つまり「脳」ですると言われますが、ダウン症の人も食事指導をきちんと受ければ自己管理できます。一般の人よりもコントロール力があるかもしれません。ただし、甘味や油脂は依存になりやすいので、依存状態になっていたら肥満外来で治療を受ける必要があります。
神話16 ダウン症の合併症は特殊で、特別な対応が必要である
まず知っていただきたいのは、ダウン症の人達と一般の人とは、体質が少し違っていても、大きな差はないことです。ダウン症の人にさまざまな病気が合併しやすいのは確かですが、ほとんどは一般の人にも見られるものです。ただ、病気になる率が一般より少し高いものや、時期が少し違うものがあります。治療は「薬が効きすぎる傾向から少ない量から始める」以外は、一般の人と同じです。乳児期のTAM(一過性骨髄異常増殖症)は、体内に21トリソミー細胞がある子の一部に起こりますが、ほとんどは自然に消えます。後から白血病が発症する子もいるので定期検診が6歳くらいまで必要ですが、発症しても、感染などが合併しなければ、ほとんどが治ります。
病気の本態、症状、診断、治療などは医学の基礎知識がないか不充分だと、誤解が生まれます。医学用語には、他の専門用語と同様、定義がありますから、医療関係でない人が使うと違う意味になってしまうことがあります。誰にも通じる言葉は、ふつうに使う生活の共通語ですから、特別な言葉は使わないことが賢いのです。
現代医学は、科学的で客観的な見方、考え方が基礎になります。医療と違って心情は入りません。日本は科学教育が技術教育と混同されているためか、科学とは疑うことから始まることを知らない人が多く、科学者でさえ、技術は優秀でも科学の本質を知らない人が多いのです。最初から変だったSTAP細胞問題も、まさにそれでした。
科学は信じるものではなく、疑うものです。疑うことから次第に真実が見えてくるのです。日本のことわざに「幽霊の正体見たり枯れ尾花」というのがありますが、「科学的、正体見たり非科学的」と言いたくなることが沢山あります。TVや新聞などのマスメディアやインターネットには科学の装いをした疑似科学が渦巻いています。科学は真実に行きつくまでは不確実なので、文献や講演などを信じた断定的な判断は、科学的判断から遠いものです。ネットの情報を信じてしまうのも非科学的になりやすいのです。特に、権威者(と思われている)の言葉だけが使われていたら、だいたい怪しいと思いましょう。重要なのは権威でなく、内容なのです。科学的に理解するには、文献などを正しく詳しく読み、理解しにくいところは直接書いた人にあたって、具体的に説明を聞き、質問し、自分の頭で考えて判断すべきなのです。
実は、ダウン症のある人のほうが科学的な態度ではないかと思うこともあります。そういう人たちは、問題があると直接質問し、直接会って話し合い、そこから的確な判断をされています。その判断が誤りや不完全であれば、筋道を立てて説明すればよいのです。多くのダウン症の大人と話すと、筋の通った思考が自然にできていることがわかります。これは人間として当然でしょう。彼らは理不尽なことに敏感で、極端になると不安になります。でも、そんなことがわかるはずはないという思い込みが周りの人々にあると、せっかくの能力が発揮できません。そういう人も多く、残念に思います。
「学んでよいこと」だけでなく「学ばないほうがよいこと」も知って、ご本人自身が考え、判断するための支援は大切です。それを周りの人たちと話し合う機会を作りましょう。
神話17 ダウン症の人には特別な食べ物や飲み物、サプリが必要
はっきり言って、ダウン症の人に特殊な食べ物や飲み物は不要です。食事をバランス良くとること、水分補給には糖類を入れないこと、食べすぎないことなどは食育の基礎ですが、ダウン症があっても同じです。
ダウン症の人は代謝に少し違いがあり、酸化ストレスが一般の人より影響するようなので、ポリフェノールの入ったもの(お茶など)を飲んだり食べたりするのは良いことと考えられますが、過剰摂取はかえって弊害となる可能性があります。その弊害は証明されていませんが、証明されたときには手遅れになっているかもしれません。それにポリフェノールも化学物質ですから、悪影響がないとは言えません。また、ダウン症といっても個人差は大きく、Aさんには良くてもBさんには害になるかもしれません。伝統的な食べ物であれば、あれを食べたら(飲んだら)体調が悪くなったという経験からの知識がありますが、新たに体に良いと言われるものは、長期的影響がわかりませんから、気をつけたほうがよいと思います。また、外国で健康に良いという伝統の食べ物や飲み物も、日本人の体質に合うかどうかはわかりません。さらに日本人でも体質は多様です。毎日でなければ大丈夫でしょうが。
サプリはTVなどでひっきりなしに宣伝しています。そこに「効果は個人的」という言葉が小さな見えにくい字で書かれています。これは何かあったときの保証です。たとえ健康被害が出ても、判断したのはあなたですから会社には責任ありませんよ、という意味なのです。また、そのサプリを使わなかったらどうなるかは調べられていません。サプリで年齢より若いと喜んでいる人を見ても、映像がぼかされていたり、やはり年齢相当だと思える人だったり、さらに、年齢より老けている人すら出ていますから、しっかり目を開けて、他の状況も頭に浮かべながら、眉につばをつけて見たり聞いたりすべきでしょう。必要なのは批判力なのです。ハーブは伝統的なものであれば副作用がわかっていて、海外には警鐘を鳴らす本がありますが、日本では良いことばかり言われています。サプリは玉石混交で、人に使ったときの副作用などはほとんど研究されていません。どうなろうと「使うあなたの問題」なのです。これが「自己決定」なのです。
また、たとえ1つのサプリやハーブは問題なくても、他の物を一緒に使うと相互作用の問題が出るおそれがあります。たとえば、ビタミンEは多くのサプリに入っていて、体に蓄積されるので、何種類も飲むことによって過剰になる可能性があります。ビタミンAはもっと危険です。ビタミン剤が必要ならば、検査で不足を調べて補給すべきなのです。
日本では国立栄養研究所で次のようなサイトが作られています。この研究所は「科学的見地から子どもにサプリは必要ない」という見解をもっています。
「健康食品」の安全性・有効性情報 https://hfnet.nih.go.jp/
神話18 ダウン症の人は老化が非常に早い、だから仕方ない
人間の老化は体の部位によって時期が違いますし、人によっても差がありますが、ダウン症の人では少し早まるようです。たとえば40歳の人たちでは45歳レベルから60歳レベルと言われます。45歳レベルなら一般の人とさほど違いませんが、60歳レベルは明らかに異常ですから検査や治療が必要になります。ダウン症のせいと思い込まないで、甲状腺機能低下や成長ホルモン低下などの内分泌異常や他の身体的要因(目や耳、歯、内臓の異常など)、それに意欲を失わせる生活環境や運動不足、うつ病などの精神障害、遺伝要因など、原因をまず調べなければなりません。ほとんどの病気は治療できますが、早い対処が回復の決め手です。
しかし、同じ世代の友人がいなかったり、親が服装や髪形などを決めたりしていて、同世代の生活やおしゃれと離れているために、親と一緒に老けていく人もいます。子どもっぽい恰好もかえって老けて見えることがあります。
肌の老化もよく言われますが、それは一般の大人がする肌の手入れをしていないことが原因と思われます。大人になって強い日差しにUVクリームもつけずにいたら肌は老化します。ダウン症の成人では紫外線の影響が大きいようですが、子ども時代には、強い日差しでなければ、心配しすぎはかえって害になります。というのは日にあたらないためビタミンDができないのでクル病になる子が最近増えているからです。最低でも夏には15分、冬には1時間、日光にあたることが小児科学会から推奨されています。心配しすぎると、外出のメリットも抑えられてしまいます。
紫外線がアルツハイマー病を発症させるという人もいますが、そういうことはありません。酸化ストレスの専門研究者に話したところ、アホらしいと一蹴されました。当然ですね。それに、ダウン症だから何でもアルツハイマー病とつなげるのは正しくありませんし、ご本人のためにもなりません。
ダウン症で老化しないか遅れるものがあります。高齢で発病しやすい癌は少なく進行も遅く、動脈硬化と高血圧も少ないのです。ただし、喫煙や(受動喫煙も)ひどい偏食など生活習慣に大きな問題があったり、癌の遺伝を受けついだりしていれば、癌になっても不思議ではないでしょう。動脈硬化も、なりにくいから大丈夫と悪い生活習慣を続けていれば、他の重大な健康問題をひきおこすでしょう。健康な生活と定期検診は一番大事ですが、ふだんと違うと感じたら、すぐにかかりつけ医の診察を受けてください。これは何歳になっても重要です。
神話19 ダウン症の人は成人になると退行しやすい
ダウン症の成人は退行すると思い込んでいる専門家は多いようですが、退行という言葉は鵜呑みにできません。
退行とは、身体医学では、甲状腺機能低下や繰り返す重度のけいれん発作、脳梗塞や脳神経の特殊な異常で起こりうる状態ですが、いま退行と言われている状態の多くは、それとは違います。大人になっても自分の主人公が自分でなく親で、社会経験が狭く少ない人が、失敗や挫折からの復元力(リジリエンス)も弱いため自立心や健全な自我が育たず、家庭や職場の人間関係に適応できなくなり、生きる力を失い、その辛さから逃避しようと引きこもり、「守られていた幼い頃に戻りたい」と思っている状態と考えられます。これは、早く適切なかかわりと環境の改善によって回復できますが、ただ戻すだけでなく成長発達し心の自立ができるようにする支援が必要です。これは、どんな人でも過保護に育てられれば起こりうることですが、ダウン症の人では、特殊に思われるために人間的な成長が見落とされたツケと言えましょう。
ダウン症があると全員がアルツハイマー病になると信じている専門家は多いようですが、脳にアルツハイマー病の所見があっても症状が出るとは限りません。80代になってもアルツハイマー病にならなかったダウン症の人もいます(一般の人でも、脳に重いアルツハイマー病所見があって症状に出ていない人がいます)。アルツハイマー病が遺伝性でなければ、ふだんからの健康で自主的な生活によって、予防も不可能ではないと考えられます。さらに、アルツハイマー病になっても、進行を遅らせて良い人生を送るための生活改善が重要なのは、一般の人と同様です。
参考書:ダウン症のある成人に役立つメンタルヘルス・ハンドブック(デニス・マクガイア、
ブライアン・チコイン著)、遠見書房
神話20 ダウン症を改善する薬ができそう、正常に近づけられる
ダウン症に効く薬というのは、昔からいくつも表れては消えていきました。有名なのはMD散という薬でしたが、科学的検証で効果が否定されました。それから糖鎖が発達に効くとネットで広がったことがありました。医学的に考えれば効果など考えられないので、疑問をもったお母様(内科医の妻でもある方)が薬学者の友人に成分を調べてもらったところ、「糖が入っているから効果は肥満ですね」という結果が返ってきたそうです。
最近ではダウン症の認知面を向上させる薬が開発されたというので、福音だと喜ばれているようです。今回は確かに科学的な検証がされているようですが、人間は複雑ですから、薬の効果や副作用は単純には結論づけられないはずです。それは歴史からも明らかですし、「効く薬」は「副作用も多い」という薬理学の基本もあります。
だから治験(人体実験)があるのではないかと言われるかもしれません。実際、治験をするという話に乗って海外に飛んでいく親御さんもいますが、薬の治験では、「取り返しのつかない副作用があるかもしれません。それも覚悟してください」という説明もされるはずです。治験をする医師がそのことをわかって、万一の場合、早く対処できればよいのですが、海外で治験を受けた場合は、帰国してから充分なフォローや対処が出来るとは限りません。
脳に働く薬では、急に止めたときに重い離脱症状が起こることもあります。市販され広まって初めて重い副作用がわかった薬もあります。
それに、すぐに現れる副作用なら対処できても、発達期の脳に作用する薬となると、将来どんな悪影響があるかは長い年月を経ないとわかりません。後になって、こんなになってしまったと思っても手遅れです。ですから脳に働く薬は、幼少時には、放っておけば死んでしまうような重篤な病気以外は基本的に使わないのが医療の常識で倫理なのです。
ダウン症のある人達の認知機能の何を改善できるのか、確実に知らないまま期待だけしたらどうなるでしょうか。改善できたら万々歳と言えるのでしょうか。認知能力が偏ることはないのでしょうか、また、今ある能力が抑えられることはないのでしょうか。そのような諸問題に対して、充分な検討はされていないはずです。
科学データと個人のための情報は違います。データを自己流で解釈したら科学的とは言えませんし、とても危険です。そもそも研究は、やりやすい部分から手をつけていきます。ですから、研究されておらず、研究しきれないことのほうが多いのです。見えないものは無いものと人間は思いがちですが、それは狭い世界だけを見ているのにすぎません。ただし、見えないものを信じるのは非科学的ではなく、科学と違った宗教や芸術の世界になります。「科学以前」とも言われます(中谷宇吉郎という科学者の言葉です)。
ダウン症のなかでも認知機能の高いのは、正常細胞が多く含まれているモザイク型をもつ人です。でも、学力だけを上げて人間力が忘れられるなど不適切な育ち方をすると、標準型(21番染色体が3つある21トリソミー)よりも生きにくくなります。認知面だけ上げればよいと思うことは、これに似ています。
ダウン症神話にマインドコントロールされていると、ダウン症は特殊な病気と思い込み、薬ですべてが改善できるという錯覚に陥ってしまうのでしょう。
ある脳神経研究者は、脳を改善するために安易な方法を勧める人を「脳詐欺師」と名づけています。一般に、詐欺にひっかかる人はインテリ層が多いようです。オウム真理教もそうでしたね。反対の立場で、脳が活性化すると詐欺師になるかもしれない、ということを考えてみたことはありますか?
脳の働きで一番大事なのはバランスです。バランスのとれた子育てに必要なのは、日常生活を基礎とする「人間力の育成」でしょう。1か所だけが突出してしまうと、バランスをとるのが非常に難しくなり、超天才のように日常生活ができなくなりますから、生きづらくなり、苦しみに苛まれやすくなります。これを改善するのは非常に難しいでしょう。
神話21 ダウン症は遺伝ではない
これは安心させてくれる言葉かもしれません。確かにダウン症のほとんどは親から遺伝していません。受精前の染色体不分離によって起こります。でも、なかには親ごさんの21番染色体が転座になっていて、それが子どもに伝わることもあります。転座がなくても、まれにダウン症をもって生まれる子の親に、卵子や精子に21トリソミーができやすい体質をもっている人もいます。遺伝ではなくてよかったと思うのは、遺伝によって生まれたダウン症の人と親ごさんを傷つけることにもなります。さらに、遺伝病をもつ多くの人たちへの偏見にもなってしまいます。
人間は誰も病気や障害につながりうる遺伝子をたくさんもっています。そもそも全ての病気には、遺伝子が関与しているのです。しかし、遺伝には環境が大きく影響していますから、遺伝と上手につきあい、一人ひとりに合った人や物などの環境を整え、守ることが一番大事なのです。
[文責] いでんサポート・コンサルテーション オフィス、元静岡県立こども病院遺伝染色体科医長
長谷川知子
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